味わった「ゼロ円提示」の挫折 名門TDの苦労…若手へ促す“生活力”「自立した選手のほうが強い」

ジェフユナイテッド市原・千葉の大久保裕樹TD【写真:元川悦子】
ジェフユナイテッド市原・千葉の大久保裕樹TD【写真:元川悦子】

千葉の大久保裕樹TDの現役時代にフォーカス

 17年ぶりのJ1の舞台で躍動し、名門復活へと歩みを進めるジェフユナイテッド市原・千葉。大久保裕樹テクニカルディレクター(TD)のインタビュー連載第5回は、現役時代に味わった「2度の契約満了」という挫折と、そこから這い上がった泥臭い経験について聞いた。エリート街道から外れた苦労人だからこそ分かるプロの厳しさと、世界を目指す若きタレントたちへ求める「自立」へのアプローチとは――。

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「ここから、世界だ。」というスローガンの下、スタートしたJリーグの2026-27シーズン。今季は、8月7日の鹿島アントラーズとの開幕戦で衝撃的な先制弾を叩き出した横浜F・マリノスの17歳・三井寺眞ら若い世代の台頭が目立つ。

 17年ぶりのJ1に挑んでいるジェフにも18歳・姫野誠を筆頭に若いタレントが出てきている。そういう成長株を温かい目で見守りつつ、自身の現役時代に思いを馳せるのが、大久保裕樹TDである。

「僕は現役時代、2度の契約満了通告を受けているんです。最初は京都(パープルサンガ=当時)にいた2008年。ゼロ円提示を受けて、トライアウトに行くことになったんですけど、『もうサッカー選手ではいられなくなるかもしれない』という焦燥感に襲われ、物凄い後悔にさいなまれたんです」

「このまま絶対に終わりたくない」という強い思いも湧き上がってきたなかで受けたトライアウト。負けられないという魂を前面に押し出して泥臭くプレーしたところ、現場で見ていた当時の栃木SCの監督・松田浩氏(現JFA・Proライセンスチューター)から直接声をかけてもらったという。そこで「栃木、行きます」と即答。18年前に直面した選手生活の危機を振り返った。

 その栃木は、JFLからJ2に昇格したばかりで決まった練習場がなく、転々とした日々を強いられ、人工芝でのトレーニングも当たり前だった。ホペイロ(用具係)もいないため、洗濯やスパイクなどの準備も当然のごとく自分自身の仕事だった。

 そういう中でタフさを鍛えられた大久保TDは松田監督に重用され、プロキャリアで初めてコンスタントな活躍が叶った。3シーズンにわたってフル稼働できたことは、大久保TDにとっての大きな自信になったに違いない。

 そこからより資金規模の大きい徳島ヴォルティスへ引き抜かれ、本気でJ1昇格を狙ったが、同年はわずか9試合の出場にとどまり、”2度目の契約満了”というまさかの事態に直面してしまったのだ。

「そんな時、ソリさん(反町康治氏=現清水GM)が率いていた松本山雅FCからオファーをいただきました。栃木でGKコーチを経て強化担当になり、山雅に行った南(省吾=現神戸強化担当)さんを通して『松本でやらないか』と言ってもらえて、本当に嬉しかった。環境面は練習場が人工芝だったり、冬の寒さも厳しかったですけど、その年には松本でJ1昇格も経験できましたし、充実した時間を過ごせた。いいチャンスをいただけたと感謝しています」

 そんな経験を通して気づいたことは、「絶対に後悔したくない」という気持ちと、本気で向き合うことの大切さだったという。

「栃木以降の僕は本当に1つ1つのプレーを突き詰めてやってきた。広島や京都の頃はどこかでプライドみたいなものが邪魔したし、『このくらいやっていれば試合に出れる』みたいな甘い考えがあったのかもしれない。でも実際には試合に出られず、2度も満了になった。その事実は本当に重かったですね」

 大久保TDはこうした苦い経験を糧にスカウト、そして現在のTDという職務に就いているわけだが、伸び盛りの若い選手たちにプロの世界の厳しさを真摯に伝えられるのは大きなアドバンテージだろう。実際、選手と向き合う時にはそういう話をすることもあるという。

「僕の場合は日本代表になったとか、海外でプレーしたとか、そういった経験値はないですけど、苦労はそれなりにしてきました。僕のような紆余曲折の現役生活を送らないためにも、今、自分自身が置かれている環境がどれだけ幸せかを自覚しなきゃいけないし、サッカーのプレー1つ1つを突き詰めないといけない。そういった問いかけを選手たちにすることはありますね。

 ただ、今は10代から海外に行っている選手もいますし、可能性はもの凄く広がっています。そういう高い基準を見据えて努力しているので、しっかりしている印象はあります。(姫野)誠もそう。トレーニングに向き合う姿勢も本当に素晴らしいものがありますからね」

 大久保TDは神妙な面持ちでこう語る。確かに、市立船橋高校からプロ入りした当時は「世界で活躍する」というのは夢のまた夢だった。日本人で欧州に行けるのは、ほんの一握りのトップ選手だけだった。その後、海外移籍の低年齢化が進み、今では高卒→海外も珍しくはなくなってきている。

 ただ、いきなり海外に行って成功できるとも限らない。プロの壁と異国の壁の両方に一度にぶつかって苦しむ選手も散見される。そんな現状を踏まえつつ、大久保TDはこんなアドバイスを送っていた。

「海外に行って、技術的なスキルとかがすぐに通用すればいいですけど、しなかった時にどう立ち回れるか、どう頑張れるかがプロ選手として一番大事だと思うんです。あまりにも若くして異国に赴くと、人間的自立ができていないうちに壁に直面するので、対処が難しくなりがちです。言葉の難しさもありますし、自分の考えを相手に伝えられないケースもあるでしょう。やはり僕は日本でまず結果を出すことが重要だと思います。

 そのためにも私生活からしっかりコントロールできる力を養うことが大事。ジェフは以前、『高卒・大卒の新人選手は全員寮に入る』というルールだったんですが、それを撤廃し、個々の判断に委ねました。門限があって、食事も決まった時間に出てくる環境に住んでいた方がコンディション調整はしやすいですけど、自立を求めるんだったら1人暮らしをして家事から生活面の雑務まで全部やった方がいい。水道ガスなどの光熱費の払い方だって、1人暮らしをしていれば覚えないといけないことですからね。

 そういう生活力を身に着けた自立した選手の方がやっぱり強い。僕ら強化の人間は、いかにしてその自立を促せるかを考えていくべきなんです」

 つねに選手と本気で向き合う大久保TDがいるジェフは伸びそうな予感がする。ここからの戦いが楽しみだ。(第6回に続く)

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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