プロ入りで痛感「調子に乗っていた」 悲願のJ1復帰も…学んだ難しさ「入り込む余地ない」

ジェフユナイテッド市原・千葉の大久保裕樹TD【写真:元川悦子】
ジェフユナイテッド市原・千葉の大久保裕樹TD【写真:元川悦子】

千葉の大久保裕樹TDの現役時代にフォーカス

 17年ぶりのJ1復帰を果たし、名門復活へ挑むジェフユナイテッド市原・千葉。大久保裕樹テクニカルディレクター(TD)の歩みと思いに迫るインタビュー連載の第4回は、自身の現役時代のキャリアにフォーカスする。サンフレッチェ広島や京都サンガF.C.で味わったトップレベルの選手たちとの出会い、そしてその原体験が現在のジェフのチーム作りにどう生かされているのかを聞いた。

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 強化トップの重責を担う大久保TDにとって、J1というリーグの難しさは嫌というほど熟知している。というのも、彼自身も15年間の現役生活の中で、J1とJ2を行き来するキャリアを過ごしてきたからだ。

 2003年正月の第81回高校サッカー選手権大会で市立船橋高校のキャプテンとして頂点に立った大久保TDが最初に扉を叩いたのはサンフレッチェ広島だった。当時の広島は小野剛監督体制で、カテゴリーはJ2。小野監督は若手引き上げに強い情熱を燃やすタイプの指揮官だったが、ルーキーイヤーの大久保TDの出場はゼロだった。J1に上がった2003年もリーグ戦1試合のみの出場にとどまり、いきなりプロの洗礼を浴びせられた形だった。

「市船からプロになった当初、試合に出られなかったのは、僕自身が悪かったんです(苦笑)。高校生で代表に入って、選手権を筆頭に高校年代の大会で優勝して、調子に乗っていたので、『プロに入っても試合に出られるもんだ』と勘違いしていましたから。

 その状態で広島に入ったら、壁がメチャクチャ高かった。そこで自分と向き合うことができた時もあれば、そうでもない時もあった。自分と同じポジションに駒野(友一=広島ジュニアコーチ)さんがいたことも大きかったですね。

 駒野さんは年齢的に3つ上で、日本代表になるような飛び抜けた選手。本当に人としても素晴らしいし、地道で真面目で努力家。文句なんか一言も発しないし、本当に尊敬できる人でした。プレーに関しても両足から繰り出されるクロスを目の当たりにした時、『この人に勝って試合に出なきゃいけないのか』とため息が出ましたね(苦笑)。それがプロになってからの最初のショックだったかな。

 3バックに小村徳男さん、上村健一さん、リカルドという外国人選手がいたので、自分に入り込む余地はなかなか見出せませんでした」

 20年以上前の自分自身を振り返った大久保TD。当時の衝撃通り、駒野はその後、ジーコジャパン入りし、2006年ドイツ・2010年南アフリカの2度のワールドカップ(W杯)に出場。後者のラウンド16・パラグアイ戦でのPK失敗で広く知られたが、両サイドで攻守両面において確実に貢献してくれるSBとして名を馳せた。その領域に到達しようと思うなら、並大抵の努力では追いつかない……。20歳そこそこの若手はそう痛感したに違いない。

 2005年に移籍し、4年間在籍した京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)でもそういった思いを抱くことはあった。大久保TDがいた4シーズンの京都は柱谷幸一、美濃部直彦、加藤久という3人の指揮官がチームを率いたが、やはりインパクトが大きかったのは、2008年に鹿島アントラーズから加入した柳沢敦(現鹿島トップコーチ)だった。

「当時の京都は1年ごとに昇格降格を繰り返していたんですが、自分が入って2回目にJ1に上がった2008年に来たのがヤナさんでした。『ああ、ビッグネームが来たな』というのが最初の印象(笑)。他には渡邉大剛さんや田原豊さんらがいましたけど、彼らがうまく噛み合って残留できましたね。

 ヤナさんとは練習でマッチアップすることが多かったんですけど、本当に動き出しが速くて、切れ味鋭いプレーをするんです。そこに対して必死に食らいついていく日々でした。それを繰り返すことで徐々に慣れていく自分がいたし、練習・試合に向けての意識も変わる。チーム全体がそういう空気感になって、チームの基準も上がったと思いました」

 2002年日韓・2006年ドイツの両W杯に参戦し、イタリアでもプレー経験のあるベテランから大きな刺激を受けたという大久保TD。その柳沢の存在は、今季ジェフに加わったエリソンに通じるところがある。

 ご存じの通り、エリソンは川崎フロンターレで2年半プレーし、合計26ゴールを叩き出すという凄まじい実績を持つ点取り屋だ。J1最高峰基準を知るストライカーという意味では、他のアタッカー陣も学ぶべきことが多いだろうし、日常から対峙できる守備陣も自ずとレベルが上がるはずだ。

「エリソンのシュート1つ1つの質の高さには、他の選手たちもすごく影響を受けているなと思うし、そういう影響力のある選手を入れたいと僕自身も考えていました。そのための予算もクラブからいただいていましたし、早めにアプローチできたのがよかった。彼が来たことで目線を引き上げていけると確信していますし、ここからのチーム全体の変化を冷静に見守っていきたいと思っています」

 かつて選手時代に柳沢との出会いでDFとして一段階成長できた経験を踏まえ、大久保TDはジェフの面々にも一皮も二皮も剥けてほしいと願っている様子だ。

 京都での現役キャリアはこの2008年末に終わり、彼自身は初めての契約満了を告げられる形になったが、刺激的だった日々は今も脳裏に焼き付いて離れないという。(第5回に続く)

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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