旅行のはずが…母に騙され英国移住「マジかよ」 戦火を逃れて4か国、J助っ人の幼少期

インタビューに応じた札幌のアマドゥ・バカヨコ【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
インタビューに応じた札幌のアマドゥ・バカヨコ【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

札幌のバカヨコ「お母さんを喜ばせてあげられたらいいなという一心でした」

 北海道コンサドーレ札幌のFWアマドゥ・バカヨコは、シエラレオネ内戦の影響で祖国を逃れ、波乱万丈な幼少期を過ごした。隣国のギニアで育つと、オランダ、イングランドと4か国を転々。難しい環境のなか、シエラレオネ代表にも選出されるプロサッカー選手にまで上り詰めた半生にインタビューで迫った。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・工藤慶大/全4回の1回目)

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 西アフリカの大西洋岸に位置するシエラレオネ。1991年から2002年にかけて勃発した反政府勢力と政府軍の内戦は、「ブラッド・ダイヤモンド」という映画でも知られる。バカヨコはそんな戦火の真っ只中の1996年、首都のフリータウンで誕生。しかし、母国の記憶も無いまま隣国のギニアへ逃れることになる。

「僕が生まれたときは戦争中でした。だから逃れるために、生まれてからすぐにギニアのコナクリへ移住したんです。僕の両親は今もそこに住んでいます」

 いわゆる難民という状況だ。父親はギニアで学校を経営するビジネスマンとして生計を立て、「お母さんは家の前でたまにお店を開いて、物を売ったりしていました」。生活に困ることは無かったが、またすぐにオランダへ移住する。

「2、3歳のときにオランダに行き、そこからサッカーを始めました。アフリカでもサッカーという文化は有名で、自分のそばにあったような存在だったんです。オランダに行ってから、より興味が湧くようになりました。お姉ちゃんの旦那さんがサッカー選手だったので、その人によく教えてもらっていました」

 オランダではFCフローニンゲンのアカデミーで頭角を現したが、10歳のときに突如として終わりを迎える。「たくさんの友達もいましたし、すごく離れるのが辛かったです。お母さんが行くと決めたのでついていく感じだったんですけど、ちょっと難しかったです」と振り返るように、突然の出来事だったのだ。

「最初、お母さんは2週間だけの休暇でイングランドに行くよと言ったんです。でも行ってみたら、そのまま住む感じになってしまって、マジかよみたいな。お母さんに騙された感じでしたが、悲しんでほしくなかったんだと思います」

 今でも母はその理由を教えてくれないというが、どうやら仕事の関係だったようだ。言語もわからないなかで新たな人間関係を築くのにも苦労したが、サッカーに打ち込んだバカヨコ。イングランド3部ウォルソールFCでトップチーム昇格を掴むと、コベントリー・シティで2部チャンピオンシップも経験した。

「一つは精神的な強さが大きいと思っています。お父さんとお母さんが僕のことを育ててくれたのはアフリカの国でした。2人の弟はヨーロッパで育ったんですけど、アフリカの環境や両親が教えてくれたことは自分の精神的な強さにつながっていて、それがプロに行くきっかけになったのかなとは思いますね」

 オランダとイングランドでは、父親の仕事の関係でともに過ごす時間は少なかった。「少し大変な部分はありました」という7人兄弟の生活を支えたのは母の存在だ。プロサッカー選手としての活躍は、そんな母への恩返しでもある。

「最初はただ、お母さんのことを喜ばせてあげられたらいいなという一心でした」と、幼少期を振り返ったバカヨコ。その母の影響もあってサッカーを続けるうち、12歳の頃に芽生えてきたのは「いつかプロになりたいな」。そんな夢を叶えた家族思いのストライカーは、遠く離れた日本の地で奮闘を続けている。

(FOOTBALL ZONE編集部・工藤慶大 / Keita Kudo)



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