カタール後に誓った「化け物」 田中碧が苦難の末に掴んだ初先発…勝負の舞台で見せた「自信」

日本代表の田中碧【写真:徳原隆元】
日本代表の田中碧【写真:徳原隆元】

初先発となったチュニジア戦で勝利に貢献

 ハーフウェーライン手前から、迷いなく駆け上がった。ペナルティーエリア手前に飛び込み、受けたボールを真ん中から左へ。最終的には中村敬斗のクロスから鎌田大地のゴールが生まれたが、あの迷いのない走りに田中碧という選手の4年間が凝縮されていた。

「数的同数なので、自分が上がっていけばプラスワンを作れる。スペースができた時はやっぱり出ることが大事で、(上田)綺世がうまく使ってくれた」

 確信があるように見えた飛び込みは、状況を冷静に読んだ判断の産物だ。「右から左まで行って、最後に中。人数をかけて点が取れた。下からつなぐという意味では理想的な形だった」。多くの選手が同じ絵を描いたからこそ生まれた先制点だった。

 北中米ワールドカップ第2戦のチュニジア戦。ここで初先発を掴むまでの歩みは、決して平坦なものではなかった。前回のカタール大会終了時、ドイツ・ブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフに在籍していた田中は、キャリアを積み上げるのに苦労した。ブンデスリーガ1部への昇格をかけたプレーオフでは大逆転負けの末に敗戦。「サッカーは本当にわからない」と肩を落とした。

 その後、個人昇格の道も開けず、翌シーズンにはイングランドの2部にあたるチャンピオンシップのリーズへ移籍。日本代表においてもアジアカップでメンバー入りを逃し、同ポジションの佐野海舟の台頭もあって出番を失っていった。

 このまま落ちていってしまうのか。そんな考えも浮かびそうな状況で転機となったのは、新天地・リーズでの活躍だ。主力選手の負傷により、中盤の底のポジションでスタメンの座を確保すると、PFA(イングランドプロサッカー選手協会)選定の年間ベストイレブンに選ばれるほどの存在感を披露。チームも昇格を果たし、プレミアリーグへの挑戦権も手に入れることになった。

 イングランドで揉まれたことで田中自身も変化を遂げた。もともと持っていたボール捌きの巧みさやゲームコントロールの質に、フィジカルの強度が上乗せされ、攻守でより違いを作れる選手へと成長した。今季、プレミアリーグでは苦戦を強いられる時期もあったが、終盤戦は定位置を確保してチームの残留に貢献。確かな積み重ねがあったからこそ、自身2度目のW杯への道が切り開かれたのだ。

 そんな田中が、前回カタール大会との違いを問われると、こう答えた。

「4年間やってきたものがある。相手というよりかは、自分と向き合っている部分で大会に挑めているなと感じている。どんな相手だろうと、正直そんなに関係ない。自分のできることにちゃんとベストを尽くせれば、どこでもできるという自信はある」

 苦労を滲ませるでもなく、強がるでもない。その言葉の重さは、歩んできた道のりを知る者にほど、深く刺さる。

 チュニジア戦、田中はその言葉をピッチで証明した。初戦のオランダ戦で出番を得られなかっただけに、「それなりに緊張感はあったし、ボールに触るのも緊張するなとは思った」と試合前の心境を正直に明かす。しかしピッチに立てば、その緊張は微塵も見えなかった。

 先制点に関与した場面の動き出しだけではない。5-4-1で構えるチュニジアに対し、早い時間帯に先手を取ったことでゲームの主導権を握ると、田中は状況に応じて最終ラインに下がってビルドアップに関与し、時には縦へ鋭く出ていった。佐野海舟との呼吸も自然だった。「特段、話すわけでもなく、お互い見てやっている部分もある」。言葉を介さずともバランスが取れていたのは見事だった。

 そして後半、3点目が生まれる場面でも田中の縦への一刺しが起点となった。上田の巧みなポストプレー、フリックを経て、最後は伊東純也が仕留める。「前半は相手が閉じていてなかなか(縦にパスを)入れさせてもらえなかったけど、後半は空くかなと思っていた」。試合を通じて状況を読み続けた結果、起点という形でゴールに関わった。

 もちろん、チュニジアがそこまで脅威だったわけではない。それでも、「球際で上回るというのが自分たちのハードワークの特徴。やっぱりそこで上回ることが1つのキーだった」とする中で、自身のパフォーマンスで勝利を手にした価値は大きい。

 試合後の田中は、浮かれた様子を見せなかった。

「まだ何も成し遂げたわけではない。これから総力戦になるだろうし、今日の試合を見ても、暑さ含めてタフだなと感じる。誰が出てもチームとしていいパフォーマンスをするということが改めて重要だなと思います」

 カタール大会敗退後、田中はこんな言葉を残していた。「化け物になって戻ってくる」。遠回りしながらたどり着いた2度目のW杯。その約束を現実とするため、田中碧はさらに前へと進み続ける。

(林 遼平 / Ryohei Hayashi)



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林 遼平

はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。

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