佐野海舟の体が「どうなってるんだ」 田んぼサッカー、下駄登校…幼少期に培った”タフさの土台”

日本代表の佐野海舟【写真:徳原隆元】
日本代表の佐野海舟【写真:徳原隆元】

米子北高サッカー部・城市徳之総監督が佐野海舟の凄さを語る

 高校時代から佐野海舟は本当に寡黙で自分のことをあまり口にしない。関わってきた城市徳之総監督、中村真吾監督、1学年先輩の城市太志の3人の証言を持ってしても、その事実は変わらない。だが、3人とも異口同音したのは、『寡黙で、ただ大人しい選手』という印象ではなく、何も語らなくても凄まじい量の闘争心と向上心がヒシヒシと伝わってくる選手ということだった。(取材・文=安藤隆人/全4回の3回目)

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 2017年、米子北は初昇格となった高円宮杯プレミアリーグWESTにおいて7位でフィニッシュ。前年のメンバーがごっそりと抜け、ほとんどが最高学年を迎えてレギュラーを勝ち取ったメンバーのチームが、リーグ4位の失点の少なさを誇り、見事に残留を手にした
その躍進の中心となったのは、間違いなく佐野だった。中村はこう振り返る。

「プレミアに初昇格したことで、毎試合戦う相手が自分たちより格上の状態で、当然のように苦戦が続いたのですが、その中でも海舟の勝利への執念というか、相手に絶対に負けたくないという気持ちは凄まじかったんです。そういう気持ちは多くの人が持っていると思うのですが、劣勢が続いて、失点を重ねて行くとどうしても精神的に落ちて行ったり、他責になったりする。でも、彼の場合は勝利に対する熱量や前に行くという気持ちと気迫、そして『チームのために戦う』という姿勢は一切変わらなかった。要はモチベーションを下げないことは当たり前だし、大量失点をしても最後の最後まで立ち上がりから同じ熱量のままでプレーをやりきるんです。それは簡単なことじゃないし、シンプルに凄いことだと思いました。彼にとって相手が強い、弱いとか関係なく、どんな相手でも絶対に勝つという気持ちでやっているのがわかりました」

 他の選手と同じように3年生でようやくレギュラーの座を掴み取ることができたFW城市太志もプレーだけではなく、精神的にも大きく助けられたという。

「海舟は1年の頃から出ていて、僕らの代は3年になってやっと試合に出られるようになった選手ばかりで、『海舟のチーム』に僕らが入ったという感覚でした。にも関わらず、彼は一切調子に乗ったり、王様になったりするのではなく、先輩としてきちんと立ててくれたし、何よりもどんな時も一生懸命だった。練習でも試合でも、僕らがミスをしても、思い通りの展開にできなくても、彼は不貞腐れるような態度は一切取らないし、言い訳や人のせいにも一切しない。ただひたすらチームのために全力でプレーする。3年生を含めてみんな『海舟があそこまでやっているのに、僕らがサボるようなことはあってはならない』という気持ちはあったと思います。だからこそ、力があってプレミアに上げてくれた前年のチームと比べて『雑草軍団』だった僕らがプレミア残留できたのだと思っています」

 佐野以外特出したタレントはいないが、ピッチで躍動するチームと息子の姿を見て、城市総監督も「ウチに『ラストピース』としてやってきた選手が、もうチームに欠かせない絶対的な存在になっている。(中村)真吾のトレーニングを真摯に受けて、練習参加の時に見えた未来を着実に形にしていく姿は本当に頼もしかった」と懐かしそうに目を細める。

 2年生ながら心身ともにチームの柱として、プレミアWEST初年度で残留という大きな仕事をやってのけた佐野は、高校3年生になるとさらに注目度を高め、卒業後の町田ゼルビア入りを果たし、そこからの活躍は言わずもがなの存在となっていった。

 改めて3年間ずっと指導に携わった中村は、今の活躍ぶりに目を細める中で、彼の能力を生み出す秘訣を教えてくれた。

「よく『当時の佐野海舟の印象は?』と聞かれるのですが、僕の中で印象的なのは、彼はあれだけ毎試合フル稼働していたのに、3年間を通じて一度も怪我をしなかったことなんです。あれだけ強度の高いプレーを繰り返していれば、足首から始まって膝、腰と来るのですが、それが一切なかった。高校の時に一度、彼の足を見て驚いたんです。何気なく見て、足の裏が見えた時に、『これどうなってるんだ』と思って改めて見せてもらいました。一言で言うとゴツい。足の指がすごく長くて、幅も広くて、分厚い。この足を持っているからこそ、地面をしっかりと足の裏で踏み締めてダッシュしたり、ターンしたりすることができる。あれは本当にびっくりしました」

 実は以前、筆者が佐野の父親を取材した際に、幼少の時から一本足の下駄を履いて学校に通ったり、乾いた田んぼでサッカーをやっていたりしていた話を聞いていた。幼少期から足腰のバランス感覚や足の指のグリップ力を手にしていたからこそ、あの驚異のボールハントやセカンドボールの回収力、そして強靭な身体が生み出されていた。

 幼少期から磨かれた強烈な土台と、高校時代で培われたボランチ像。そして、プロに入ってから研ぎ澄まされていくトータル能力。着実に日本を代表するボランチへの道を切り開いて行った彼は、ついにW杯の舞台にたどり着いた―。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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