W杯で勝敗を分けるものとは? 4年前に見えた傾向、浮かび上がった“ボール保持”の苦戦

[図1]出典:FIFA WORLD CUP 2022「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成
[図1]出典:FIFA WORLD CUP 2022「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成

連載「北中米W杯Data Lab.」第1回、2022年カタール大会で見えた傾向(前編)

 北中米ワールドカップ(W杯)の激闘の裏側で、何が起きているのか――。史上初の3か国共催、出場48チームが全104試合を戦う世界最高峰の舞台を、FIFAが試合後に公開するデータを最新AIで読み込みながら、アナリストが分析していく連載「北中米W杯Data Lab.」。第1回はサッカー界における近年のデータ革新を踏まえながら、2022年カタールW杯でFIFAが公開した「Post Match Summary Report」をもとに、前回大会で見えた傾向をあらためて振り返る。(文=森本美行)

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 近年のサッカー界におけるデータの進歩は、一言では片付けられないほどあらゆる面で著しいものがある。

 筆者自身がサッカーで勝利の可能性を少しでも高めるために、あるいは観戦者に競技の面白さを伝えるために詳細なデータを取得できないかと考え実践したのが、2002年日韓W杯前に行われた日本代表対スロバキア代表の試合を、日本テレビで中継した時だった。その試合では戸田和幸と稲本潤一のダブルボランチのボールタッチ位置、後半から出場した中村俊輔が誰に何本のパスを出したかというデータを可視化した。

 その後、航空機のレーダー技術を元にしたトラッキングデータの取得が可能となり、試合中の選手の動き、総走行距離、スピードごとの走行距離が分かるようになり、2010年南アフリカW杯の頃からは現場の分析にそれらの活用が始まった。

 2014年ブラジルW杯ではドイツ代表が24年ぶりに優勝。その裏側では、同国の世界的IT企業「SAP」が重要な役割を担った。当時は2000から3000ある1試合のイベントデータやトラッキングデータを、目的に応じて数日かけてじっくり傾向を分析することしかできなかったものを、SAP社が開発した「SAP Match Insights」はリアルタイムで分析することを可能にした。

 その後、トレーニング中の選手の動きをモニタリング可能としたデバイスが普及。膨大な量のデータが蓄積され、それらを様々な形で統計的な処理を行い、構造×確率×再現性を考慮したゴール期待値(xG)、アシスト期待値(xA)、脅威値(xT)、ポゼンション価値モデル(EPV)、総合貢献度モデル(VAEP)といった最先端のデータ分析が可能な時代を迎えている。

 かつて名古屋グランパスで指揮を執り、その後22年間にわたりアーセナルを率いたアーセン・ヴェンゲル氏は、2019年からFIFAのChief of Global Football Departmentという役職に就き、サッカーの未来を開発する技術部門のトップを務めている。そんな名将として知られる人物が、2022年カタールW杯直前のテクニカル部門の会議で、GPS、コンディショニング、トラッキングデータなど近年のデータ取得技術の進歩の速さに触れ、それ以上にそれらを勝利に結びつけ、戦術に生かす術を考える重要性について言及したという。

 今やあらゆるカテゴリーのFIFA主催大会の試合終了後には、すぐに数十ページのデータレポートが提供される。各チームは対戦相手や各選手の事前情報はもちろん、試合中に起きていることをリアルタイムに把握し、自分たちで、あるいはAIによって分析しながら試合を進めている。

 最新のテクノロジーによって試合で起きていることをデータ化する時、その数は数千万に及ぶと言われています。外部の人間が、その数千万のデータを覗くことは不可能で、仮にそのデータを見ることができても、その中から必要なサインを見抜き、不要なノイズを取り除く作業はかなりの難易度を伴うもの。幸いFIFAが提供するデータは、その難易度を大幅に下げながらも、我々がゲームの概要を理解するのに十分なデータを提供してくれている。

 北中米W杯において世界の頂点に立てるのは、当然ながら48チーム中1チームのみ。それを実現するにはグループステージから決勝までの合計8試合において、相手より多くの得点を取り、失点を少なくするという当たり前のことを、高いレベルで再現性を持って継続することが重要になる。

 今回の連載では、日本代表がそれをどのように実現していくのか、今大会で起きた事象の裏側に潜む事実を客観的なデータを基に検証していきたいが、まずはその前段階として、4年前のカタール大会で躍進したチームが、どのような傾向にあったのかを、2回にわたって振り返っていきたい。

[図2]出典:FIFA WORLD CUP 2022「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成
[図2]出典:FIFA WORLD CUP 2022「Post Match Summary Report」のデータをもとにAIで作成

「五分の状況」をものにできるかが勝負の分かれ目

[図1]はカタールW杯において、90分で決着がついた48試合の各指標で「上回った側」が勝った率を示している。つまり50%であれば、勝敗には関係なしという意味になる。

 これを見るとボールを奪って素早く前に運びシュート、それも枠内に多くのシュートを飛ばしたチームの勝率が高いことが分かる。

 それとは逆にポゼッション率が高い、パス数が多い、ハイプレス局面の割合が高い、ZONE4(時速20~25キロ)の走行距離が長いといった指標は、負ける確率が高かったことを示している。

 また[図2]を見ても、ポゼッション率の高さ自体は成績を反映していないことが分かる。ベスト4に勝ち残ったチームを見るとモロッコの33.7%は著しく低く、優勝したアルゼンチンは50%を少し超えた51.3%。ポルトガル、イングランド、スペインといった高いポゼッション率を誇るチームは、ベスト8で姿を消してしまっている。

 このデータを見る時、気をつけないといけない点がある。これまでポゼッション率はアクチュアルプレーイングタイム(セットプレーやメンバー交代で試合が止まっている時間を除き、実際に試合が行われている時間)中に、自チームと相手チームがボールを保持していた時間の割合で示していた。しかし実際には、どちらのボールとも言えない五分五分の状況がある。FIFAのデータではContested(競り合い中)やNeutral(中立)、Possessionとして分けてデータを取得している。

 自分が保持している時は、その状況の中で奪われた場合を想定したリスクマネジメントが可能だ。相手が保持している時はゴールに近づかせない、シュートを打たせない、ボールを奪うというボールを持たない時に行うべきことが共有できているチームが多いだろう。

 しかし、この五分の状況を自分のものにできるか、あるいは相手に奪われてカウンターの機会を与えてしまうかが、ある意味、勝負の分かれ目と言える。データを眺めながら起きた事実と説明が難しい部分に目を向けると、さらに深い洞察が得られるはず。次回もカタールW杯のデータから見えたいくつかの発見を紹介し、今大会で起こりそうなことについて考えてみたい。

(森本美行/Miyuki Morimoto)



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森本美行

森本美行
もりもと・みゆき/1961年生まれ。92年米ボストン大学経営大学院でMBAを取得。2002年にスポーツデータ配信や分析を行うデータスタジアム株式会社の代表取締役に就任。16年には日本初の野球独立リーグ四国アイランドリーグplusを運営する株式会社IBLJの代表取締役及び一般社団法人日本独立リーグ野球機構の常務理事を務めた。またJリーグのヴィッセル神戸や東京ヴェルディ1969、京都サンガF.C.などでトップチームのアナリストを歴任。鈴鹿ポイントゲッターズや慶応義塾大学体育会ソッカー部などでは、コーチとして選手を指導した。現在は横浜FCでデータ戦略アドバイザー、ヴィアティン三重のデータアナリストを務めている。

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