遠藤航も信頼、29歳新主将は「コミュニケーター」 犯したミス…板倉滉が生まれ変わった日

森保一監督から後任に指名された
北中米ワールドカップ(W杯)に臨む日本代表は現地時間6月11日、主将MF遠藤航(リバプール)の離脱を発表した。森保一監督から後任の主将に指名されたのはDF板倉滉(アヤックス)。カリスマではなく、“コミュニケーター”。29歳のリーダーシップが、いま試されようとしている。(取材・文=林遼平)
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大会初戦3日前、日本代表に激震が走った。2023年6月からサムライブルーの主将を務めていた遠藤航が、怪我によって離脱することが発表されたのだ。
ただ、衝撃の大きさと実際のダメージの大きさは別の話である。遠藤は事前キャンプから別メニューでの調整が続いていた。ピッチに戻ってきたとはいえ、戦力として計算できる水準にあったかどうかは、正直なところ不透明だった。指揮官の森保一監督も、最悪の事態を考えて準備を積み重ねてきていたはずだ。大会前に起きた事態としては最悪と言っていいが、チームの空気を根底から覆すほどのものではない。
後任に板倉滉が選ばれたことは、これ以上ない適任と言えるだろう。以前から、世代を超えた“コミュニケーター”として機能してきた存在だ。ベテランと若手の間に自然と立ち、それぞれの声を引き出しながら円滑に回す。板倉自身も以前から「常にチームを盛り上げていかないといけないと思っていますし、いろいろな選手とコミュニケーションを取るという立ち位置には自然となってくるのかなと思います」と語っていたように、その役割は意識して作り上げたものではなく、気づけばそうなっていたものだ。カリスマ性という点では堂安律や久保建英には及ばないかもしれない。しかし彼らの意見を引き出し、チームとして機能させることに長けた存在であることは間違いない。
そうした板倉の人柄は、ピッチの上でも滲み出ている。仲間が相手に削られれば、誰よりも早く詰め寄る。その後、同じ相手に対して球際で激しくいく場面も珍しくない。ただ、うまくいっていない局面でチームメイトと頭ごなしにぶつかることはない。苛立ちを隠せない試合があるとすれば、それはたいてい相手に向いている。仲間に対しては、怒鳴るより先に話しかける。クールで熱い。それが板倉という人間だ。
チームメイトの目にも同じ姿が映っている。谷口彰悟は「明るい性格だし、みんなからの信頼も厚い選手なので何も心配はしていない」と言いながら、こう続けた。
「いきなりこういう役割を与えられると色々考えることもあると思うし、その辺はしっかりサポートしてあげたい」
菅原由勢は驚きすら覚えなかったという。「誰か何か言った方がいいタイミングで、コウくんはいつも先頭に立って言っていた。チームを俯瞰しながら見られる選手だったので、キャプテンになったことへの驚きはない」。信頼は、実績から来ている。
遠藤との関係も遠くなかった。カタール大会以降、選手間で出た意見を遠藤とともに森保監督へ届ける役割を担う一人だったという。遠藤自身もチームメイトに対し「何かあったら俺でもいいし、コウにでもいいから言ってくれ」と伝えていたと板倉は振り返る。東京五輪の頃から吉田麻也や遠藤の背中を間近で見て育った男が、彼らの意志を受け取る立場になった。継承と呼ぶには自然すぎる流れが、そこにはあった。
代表への思いを改めて強くしたのは、2024年1月のアジアカップだ。“最強の日本”を掲げた森保ジャパンは初戦から不安定な戦いを露呈し、全5試合で失点を喫した。準々決勝のイラン戦では、前半にイエローカードを受けた影響もあってか対人で後手に回る場面が続き、後半アディショナルタイムには冨安健洋との連係ミスからPKを献上した。その失点が重くのしかかり、日本は8強で敗退した。自らの不甲斐なさと向き合わざるを得ない大会だった。
チームに対する思いが強かったからこそ、悔しさも深かった。自分の甘さを痛感したからこそ、「これを機に、綺麗事ではないけど変わらないといけない」と決意を固めた。
「あの大会を経て、全てをレベルアップしないといけないと思いました。もちろん、体をでかくしたり、スピードを速くしたりは、そんなにすぐ変わるものではない。だから、まずは日々の取り組みから意識を変えていくことで強さを得ていくしかない」
その言葉は言い訳ではなく、静かな決意だった。リーダーシップと個の向上。この二つを板倉は代表においても課題の核に置いている。そしてチームのあり方そのものについても、こんな言葉を残している。
「もう仲良しこよしでは駄目ですから。いろいろな試合を重ねていくうちに責任感だったり、もっとやらないといけないという思いは強くなっている。納得できないところは納得できないで言えばいいし、駄目なとこは駄目で話し合いをすればいい。もっとそういう集団になっていかないといけない」
遠藤航の離脱を経て、その言葉を体現する番が回ってきた。今回ということではなく、いずれキャプテンを引き継ぐ可能性は、心のどこかでずっと意識していたことだろう。
「やっぱり責任を持って引き受けましたし、このチームを強くしたいという思いはもうずっと持っている。本当に日本代表のキャプテンということで、このチームを勝たせられるようにやりたいなと」
「ただ、変に気負いすぎるのも良くない。最後のところの責任は自分が取らないといけないという覚悟は持っている。今まで引っ張ってきてくれたキャプテンがいなくなる穴というのは大きいと思うので、そこを埋めていかないといけないかなと思います」
先輩たちの背中を見続けてきた男が、いまその最前列に立つ。重さを受け止めながら、気負わずに。それができる人間が、板倉滉だ。
(林 遼平 / Ryohei Hayashi)

林 遼平
はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。
















