指導者冥利に尽きる瞬間「一生忘れない」 鈴木唯人のW杯選出…恩師が期待「歴史的な出来事」

日本代表の鈴木唯人【写真:徳原隆元】
日本代表の鈴木唯人【写真:徳原隆元】

鈴木唯人の成長に感動を抑えきれなかった市立船橋サッカー部の波多秀吾監督

「まさかこんな瞬間に立ち会えるとは思っていなかったので、涙を堪えるのに必死でした」――。2023年8月9日。市立船橋高サッカー部で監督1年目の波多秀吾は、当時の同部のエースストライカーであったFW郡司璃来の清水エスパルスの練習参加の帯同者として三保グラウンドにいた。その練習初日は、まさに鈴木唯人の清水での活動最終日だった。(取材・文=安藤隆人/全4回の4回目)

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 かつて本音をぶつけ合い、プロ4年目を迎えて、より大きな存在になっていた鈴木。それだけでも波多にとって指導者冥利に尽きるというものだが、大勢の清水サポーターの前に姿を現し、マイクを片手に凛とした姿勢でスピーチを始めた姿を見た瞬間はこの上ない幸せを感じた。

「あんなに口下手で、ずっと下を向いていたり、淡々としたりしていた唯人が、堂々と人前で話す姿は高校時代では考えられないものがありました。挨拶の内容も感謝の気持ち、素直な思い、これからの抱負を彼の言葉でしっかりと話して、万雷の拍手をもらっている姿を見て、本当に泣きそうになりました。僕がこれまでいろんなスピーチを聞いてきましたが、本当に完璧なスピーチで、彼の思いが伝わってきました。あの光景は一生忘れないと思います」

 この決意表明通り、2度目の海外挑戦となるデンマークでは不動のレギュラーを獲得。リーグ戦26試合に出場してキャリアハイとなる9ゴールをマークした。そこからたった1年でドイツ・ブンデスリーガのSCフライブルクに移籍。足早に5大リーグへ駆け上がっていった。

「フライブルクに移籍する際に『またステップアップします』という連絡をもらって、本当に凄いなと思いました。プロの世界でも自由に自分を表現できるのは凄いところ。彼は周りのレベルが上がれば上がるほど成長できる。市船の時も、誰もが唯人のことを認めているからこそ、あの時に厳しい言葉が出たし、そこで自分がチームを引っ張るという自覚が芽生えたことで、淡々とした性格から感情が表に出るようになったことも大きかったのかなと。それ以上に彼の持っている才能と不断の努力ですね。それに尽きると思います」

 鈴木はフライブルクでも主軸として存在感を放った。一時帰国した際に母校に寄って、後輩たちと一緒にボールを蹴ると、全員の前でスピーチ。その時の凛とした姿に波多は感動した。そして、日本代表においても2024年6月の北中米W杯アジア2次予選のミャンマー戦でデビューを飾ると、2025年もアジア最終予選、9月の国際親善試合、今年に入って3月のキリンワールドチャレンジのスコットランド戦、イングランド戦に出場を果たした。

 市船史上初のW杯選手としての階段を一直線に突き進んでいく姿に、「ついに」と大きな期待が膨らんだ。そんななか、5月3日のブンデスリーガ第32節のヴォルフスブルク戦で相手からの激しいチャージを受けて負傷。診断結果は右鎖骨骨折だった。

「正直、一瞬目の前が真っ暗になりました。一番辛いのは唯人本人なのですが、落ち込んでしまったのが本音です。でも、『間に合うかも』と聞いていたので、代表発表の日までずっと祈っていました」

 5月15日。波多は学校で1人、食いつくように配信動画を見ていた。いろいろな思いが込み上げる中、次々と名前が呼ばれていく。そして『鈴木唯人』の名前が呼ばれた瞬間、波多は大きなガッツポーズをした後に全身の力が抜けた。だが、発表から時間が経つごとに冷静さが取り戻されていった。

「市船にとっては歴史的な出来事ですが、彼にとっては1つの通過点。今後のステップアップ、さらなる成長のきっかけにしてほしい。彼はどんなレベルでも、どんな状況でも自由に自分を表現できる選手。今思うのは、感情に揺らぎすぎないで淡々と出来ることは、とてつもなく大きな才能であること。何かにおいて一喜一憂して、感情を剥き出しにすることは大事なこともありますが、それは『ここぞ』というところで出せれば十分で、彼のように冷静に、平常心と自分を持った状態でハイレベルなプレーができることは実は稀有な能力なんです」

 そのうえで、波多はこう続ける。「『淡々=冷静』。そのことを彼はどのポジションでも器用にこなすプレーや、サッカーに向き合う姿勢を通じて僕に教えてくれた。『人それぞれ』という言葉があるように、感情の表現の仕方、プレーの仕方、日常生活の過ごし方もそれぞれ違う。それを自分の価値観で押し付けるのではなく、受け入れ合うことや、時にはぶつかり合うことが大事なのだと学ぶことができた。だからこそ、W杯でも唯人は唯人らしくやってほしいです」と“サッカー人”としての在り方についても触れた。

 最後に波多は、鈴木が高1の時のエピソードを教えてくれた。

「体育の授業でバレーボールをやったのですが、彼はバレーボールにおいてもどのポジションも器用にこなすんですよ。サーブも強烈かつ正確なものが打てるし、スパイクもうまい。セッターでも絶妙なトスを上げて見せる。市船バレー部は全国レベルなのですが、その中でプレーしても馴染めるくらいの能力と、セッター、リベロ、アタッカーのどれも出来るユーティリティーさを発揮するんです。サッカーもそうですが、彼は力を抜けた状態でプレーできるし、要領がいいんです。勉強も体育科ではなく、商業科に入ってきちんと出来る。本当に素晴らしい能力を持っているんだなと改めて思いますね」

 世界の大舞台でもそのユーティリティーさと冷静さを発揮し、ときには感情を剥き出しにして相手に襲い掛かるストライカーの役割もこなす。躍動する鈴木唯人を波多はこれからも温かく見守り、かつ貪欲にサッカーへの学んでいく。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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