日本代表、次期監督はどうなる? 森保監督の大きすぎる功績…識者が推薦する候補とは

そろそろ大会後の日本代表監督についての考え方を明らかにしていい時期だ
日本代表はヨーロッパ遠征を連勝で終えた。アウェイで勝利を重ねたことは喜ばしい限りだが、それでもこれは親善試合に過ぎない。本大会ではまた別の戦いになることは間違いないだろう。
【PR】ABEMA de DAZN、2/6開幕『明治安田Jリーグ百年構想リーグ』全試合生配信!毎節厳選6試合は無料!
残されたのは本大会のメンバー発表、そして本番を迎えるのみとなった。チームは完成の域に達しつつある。だが、表舞台の喧騒の裏で、本来並行して考えなければならないことがある。次期日本代表監督の選定だ。この問題から目を背けるわけにはいかない。
通常、ワールドカップ(W杯)が終了するまで次期監督人事は明らかにされない。しかし、W杯が終わった後に交渉を開始すれば、その時点で空いている人物のなかから探すことになる。選択肢は自ずと限定され、理想の指導者に出会える確率は下がる。限られたリストのなかから消去法で選ぶリスクは考えなければならない。
逆に、かつてハビエル・アギーレ監督を選出した際のように、前々から声をかけておくことには大きなアドバンテージがある。事前に接触を済ませておけば、候補者は本大会中の日本代表を、自らの指揮下に入るチームとして冷静に分析できる。
日本の長所、短所、そして克服すべき課題。大会期間中に深い洞察を得ることで、新体制発足時の立ち上がりはスムーズになる。日本代表が足を止めることなく、ノッキングを起こさずに次のステージへ進むための、極めて合理的な備えとなる。
当然ながら、次期監督は森保一監督の実績を超える人物でなければならない。ここで森保監督が積み上げた成果を冷静に振り返ってみよう。
2022年カタール大会において、ドイツとスペインという優勝経験国を立て続けに破った衝撃は、世界を震撼させた。一過性の勝利ではないことは、その後の親善試合でも証明されている。ドイツ戦での4発快勝や、トルコ戦での盤石な勝利。アジアカップでの苦渋を糧にし、チームの戦術的柔軟性は増した。
ブラジルには逆転勝利を収め、初めてウェンブリーでイングランド代表を下したということも忘れてはならない。歴代最高の勝率を維持し続けている事実は、驚異的と言わざるを得ない。しかも決して格下ばかりを相手にしているのではない。
どのような状況下でも勝機を見出し、交代策によって試合の流れを変える手腕は、もはや円熟の域に達している。これ以上の成績を出す監督を世界から探し出すのは、決して容易ではないはずだ。
ここで一つの疑問が湧く。そもそも、森保監督を変える必要はあるのだろうか。W杯でどこまで勝ち進むことができるかは、実際のところ組み合わせの問題に大きく左右される。
対戦相手との相性やトーナメントの山が、結果に直結する。もしも今回のW杯で思うような成績が出なかったとしても、それだけでこの指揮官を代えていいものか、慎重に議論すべきだ。
森保監督は、いまや日本が流出させてはならない人材である。彼がライバルチームの指揮を執り、日本を上回る成績を上げる未来は想像したくないはずだ。もしアジアのライバル国やヨーロッパのベンチに座り、日本を熟知した采配を振るえば、これほど脅威な存在はない。選手の個性、メンタリティ、そして組織の弱点を突き抜ける知略を、敵として迎えるリスクはあまりに大きい。
ならば、森保監督の指導力に陰りが見えるまで契約を継続するというのはどうだろうか。そうすることで、本大会の最中も森保監督への求心力はますます高まる。
「この人はここまでで終わりだ」と選手が監督を思っているチームがどうなったか、Jリーグでも多くの例を見ているはずだ。監督の去就が不透明なまま大会に臨めば、微妙な心の隙間が生まれ、勝負どころでの結束力に影を落とす。
求心力の低下は、ピッチ上のパフォーマンスに直結する。続投の意思が明確であれば、指揮官への信頼は最後まで削がれることはない。むしろ本大会の最中、選手たちは「この監督とともにさらなる高みへ行くのだ」という確信を持ち、さらなるエネルギーを絞り出すことができる。
日本サッカー協会は、そろそろ大会後の日本代表監督についての考え方を明らかにしていい時期だ。それは森保監督で行けるところまで行こう、ということではないか。安定と継続。それが日本をさらなる高みへ導く最短距離となる。
今回のW杯、我々は指揮官の進退、そして日本サッカーの未来を注視しなければならない。この航路が正解であることを、そして日本サッカーが新たな歴史を刻むことを祈る。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

















