独1年目で“スタッツ王”「参考にならない」 佐野海舟が辿り着いた2年目の境地…挑む「より質」

「何が通用するんだ」 佐野海舟が感じた日独の違い
2026年、北中米ワールドカップ(W杯)イヤーを迎えた。まだ見ぬベスト8、そして頂点を目指して日々奮闘する森保一監督率いる日本代表。昨季ドイツ1部マインツへ移籍し、1年目から圧倒的な存在感を放った日本代表MF佐野海舟が「FOOTBALL ZONE」のインタビューに応じた。順風満帆に見えたドイツ挑戦だったが、開幕戦から大きな壁にぶち当たっていた。(取材・文=林遼平/全3回の2回目)
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2024年夏。佐野海舟が新天地として選んだのは、ドイツ1部マインツだった。鹿島アントラーズで圧倒的なボール奪取能力を見せつけ、Jリーグのファンを熱狂させた男は、満を持して欧州の門を叩いた。
「単純にオファーが来て、自分の求められているものと武器がマッチすると思ったのが一つ。それにいい評価をもらえているなと思ったし、試合に出られる確率も高いなと。それがマインツに決めた理由です」
自信を胸に飛び込んだブンデスリーガのピッチは、彼が想像していたよりも遥かにインテンシティーが高く、そして過酷な場所だった。
忘れもしない開幕戦。ゴール前で相手に上手く入れ替わられ、決定的なシュートを沈められた。ブンデスリーガの洗礼を浴び、ドイツの地で最初の壁にぶつかった。
「正直、スピード感についていけていなかった。自分でも『なんで試合に出られているんだろう』と思うくらい、自分のレベルがまだ追いついていないと感じていました。スピード面は特に、思っていましたね」
日本で佐野が称賛されていた理由は守備だった。相手の動きを見極め、鋭い出足でボールを刈り取る「奪取能力」は、リーグ屈指と言って過言ではない。だが、日本で培ってきた守備の「概念」そのものの違いに直面し、欧州の規格外なパワーとスピードの前で、その自信は脆くも崩れ去った。
「自分としては守備が武器だと思ってここに来て、その武器が全く通用しなかったので。逆に何が通用するんだろうなというふうに思っていたのが最初でした。自分のディフェンスの仕方も、結構待つ守備を日本にいる時はしていたので、そこの概念を変えるのが最初は難しかったのかなとは思います」
ドイツと日本のボランチに求められる違い。そのギャップに苦しみながら、ドイツのスタイルに順応していく日々が始まった。適応に苦しむ佐野に、意外な言葉を投げかけたのは当時の指揮官であるボー・ヘンリクセン監督だった。
「監督から毎日のように練習で『球際だったり、そういうところで失敗してもいいから、抜かれてもいいから行け』と言われ続けていて。そこで自分も何かを変えなければいけないなと思って、練習からそれを意識してやり始めるようになった。そこから、徐々に変わっていった感覚が自分の中ではあります」
取り組んだのは、守備の「技術」の修正ではなく「概念」を取り除くこと。抜かれないための「待ちの守備」を捨て、奪い切るための、あるいは次の味方が奪うための「アタックする守備」への転換を目指した。
その適応を支えたのは、「何より大事」と称した日々のトレーニングだった。シーズン中から試合よりも練習を重要視していた佐野。練習は単なる準備の場ではない。練習から何度もトライすることで、欧州基準の距離感を掴んでいった。
「最初の方は苦しんでいて、そこからきっかけを掴んだのもやっぱり練習での失敗と成功だと思っている。そういう面ではやっぱり練習でどれだけ意識を持ってやれるかで、(その成果が)試合に少しずつ反映してくるものなのかなと思っています。練習が大事というのは、常にそう思いますね」

進化を実感「今は奪った後のことを考えて奪い切れている」
この意識の変化は、スタッツへの向き合い方にも現れている。走行距離やデュエル勝利数でリーグトップクラスの数字を叩き出しながらも、どこまでも冷静だ。走行距離がナンバーワンであるということは、裏を返せば、走らされているという見方もできる。「量」に甘んじることなく、いかに奪えるかという「質」の部分でデータを捉えている。
「あまり参考にならないというか、走ればいいというわけでもない。ボールを取っているからチームがいいというわけでもないとは思うので。逆に去年は本当に何も分からなかったので、とりあえず質というよりかは量を求めてやって、そこから質を生み出そうと思っていました。2年目の今年は、去年より数字という部分にはこだわっていますし、実際そこにも少しずつ結果は出てきていると思う。より今は質を求めてやっていきたいなと思っています」
「質」という意味では、攻撃面においてダブルボランチを組むドイツ代表MFナディーム・アミリの存在も大きい。ビルドアップやゴールへの関わり方で違いを生み出す男から受ける刺激も多いようだ。
「チームからの期待度だったり、どの面でも違ったと思います。その中で、結果をしっかり出しているというのは自分に足りないものだと思っています。今もチームが苦しい中で、攻撃面で特に違いを出している選手の1人ではあるとは思うので、そういうところは自分も見習うべきところが多いなと思います」
そして今、マインツでの2年目を迎えた佐野は、新たな野心を隠さない。それは、守備職人という言葉にとどまらず、目に見える数字でチームを勝たせるボランチへと変化していくことだ
「去年は全く数字が出せなかった。これから上の選手を目指すなら、数字の部分はもっと出していかないといけない。誰が見ても違いを出せる選手にならないといけないと思います」
その言葉通り、ここまで15試合を終えた時点で1得点、2アシストを記録。昨年、1つもゴールやアシストといった数字に繋げられなかったことを考えれば、明らかな変化がピッチに映し出されている。ボールを奪うだけでなく、その先へ。進化の真っ只中だ。
「(チャンスに)顔を出す回数は徐々に増えてきたかなと。その質も去年より上がってきていると思います。奪ってやっと、というのが去年。今は奪った後のことを考えて奪いきれている」
新たな地で、言葉の壁にぶつかり、過密日程に身体を削り、自身の成長とチームのためにサッカーへと全てをかける。この日々への充足感を佐野は感じている。
「ドイツに来て、あまり心境の変化はないですけど、日本にいる時よりサッカーについて考えているし、サッカーをしにここに来ているという覚悟は誰にも負けないつもりです。今はただめちゃくちゃ楽しいし、サッカーができる幸せを毎日噛み締めてやっています」
マインツのスタジアムを攻守に熱狂させている佐野。かつてマインツで活躍した岡崎慎司や武藤嘉紀がそうであったように、彼もまた、マインツの歴史に欠かせない選手として、その名を刻み込んでいる。

林 遼平
はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。



















