北中米W杯に「行くことは決まっている」 欧州で丸10年…激変した“引退論”「近づいている」

浅野拓磨がW杯への思いを話した
浅野拓磨がW杯への思いを話した

浅野拓磨は逆転のメンバー入りを目指す「また、という思いが」

 いよいよ北中米ワールドカップ(W杯)イヤーを迎える。前回大会、ドイツ戦で勝ち越し弾を挙げ、日本を劇的勝利に導いたFW浅野拓磨(マジョルカ)は並々ならぬ思いを抱える。2度目のW杯メンバー入りへ積み上げる日々。FOOTBALL ZONEへのインタビュー、最終回はサッカー人生で繰り返した「選択」と今後のキャリアについて赤裸々に語った。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞/全3回の3回目)

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 明確な座標軸がある。浅野にとって“W杯”は目標ではなく、絶対的な“基準”だ。ロシア大会で落選し、カタール大会までの4年間はW杯以外を切り捨てて過ごしてきた。その言葉の重みは、彼が日々行ってきた「選択」に現れていた。

「前回カタールまでの4年半というのは、もうW杯に行くこと以外は何もいらないと思っていました。別に何かを犠牲にしているという感覚はないんですけど、日常の選択肢がすべてそこに直結していた。レストランに行って目の前のメニューを見る。これを食べることがW杯に行くことに繋がるのかどうか。練習が終わった後に遊びに誘われてそれに行くことがW杯に行ける可能性を1%でも上げるのか。24時間、すべての瞬間において、自分の中で『これを選択するのはW杯のためか?』と繰り返していました」

 追い込み、辿り着いたカタールの地。ドイツ戦の衝撃的なゴールは無数の“選択”の積み重ねの果てに生まれた必然だった。

「達成したら自分はどうなるんだろうと、行く前はすごく気になっていたんです。でも結局経験してみても物足りなさや悔しい気持ちの方が強く残っていた。だからやっていることは今も正直何も変わっていないですね。あの舞台を1度知ったからこそ、また、という思いがより強くなっただけ」

 カタールでの栄光の後、浅野を取り巻く環境は決して平坦ではなかった。特に日本代表からは1年以上遠ざかっている。“立役者”と呼ばれた男が見る外からの景色。最後に招集されたのが2024年9月で、負傷もあった。今、抱く感情は焦燥感ではないのか。

「この1年以上代表に行けていない。でもそこで焦っても何にも自分のためにならないっていうのは、これまでの経験で痛いほど感じている。W杯へ行くために『今やれることをやる』。それだけしか今は考えていない。結局、何も変わっていないですね(笑)」

欧州で10年間を過ごし、引退への考え方も変わったという
欧州で10年間を過ごし、引退への考え方も変わったという

欧州丸10年…浅野拓磨のキャリア選択「1つの人生だと考えている」

 悲壮感はまるでない。なぜなら過去2度の経験があったから。2018年ロシア大会では最終予選のオーストラリア戦でゴールを決め、W杯切符獲得に貢献。誰もが本大会行きを確信したが、直前の所属クラブでの状況変化により、メンバーから外れた。

「あの時周りからは『絶対行くだろう』と言われていたけど、ガラッと状況が変わった。でもその経験があったからこそ前回のカタール大会の時も『この半年、絶対何かが起きる』と自分に言い聞かせることができた。案の定(カタールW杯)直前の9月に(右膝内側靭帯の部分断裂の)怪我をしましたけど『来たか』と。数週間の離脱でしたけど心の準備はできていた。『今の状況なんて関係ない』と言い聞かせて。諦める選択肢は1ミリもなかった」

 酸いも甘いも噛み分けた。どん底から這い上がる術も、天国から地獄へ落とされる過酷さも知っている。だからこそ、31歳を迎えた今はひたすらW杯を目指せている。「今はまた違う真逆の立場ですけど、ここからまだ盛り返せる」。その強い精神面は浅野のサッカーキャリア自体も表していた。

 2026年で欧州へ渡って丸10年。サンフレッチェ広島からイングランド1部アーセナルへ移籍した際には「海外でやれなくなるまで日本には帰らない」と誓いを立てていた。だが、その考えは少し変化した。

「昔はありましたね、海外でやれるならやる、特にヨーロッパというこだわりが。でも今は何も考えていない。なるようになるやろうな、と。僕はあまりサッカー人生として捉えていなくて、ただの『1つの人生』だと考えているんです。よくセカンドキャリアとか言いますけど、僕にはファーストもセカンドもない。もし来年にでもサッカーよりも自分の中にやりたいことが出てきたら、多分そっちを選択するでしょうね。間違いなく、サッカーじゃない何かを選ぶタイミングは近づいています。欧州でサッカーできる環境があっても、日本に帰ることが優先順位の上に来るなら、帰るだろうなとも」

 未来はわからない。“基準”を今に置くからこそ、期待も不安も後悔もすべてを飲み込んで道を走り続ける。

「今はとにかくW杯のことしか考えていないですけど、その後の自分が何を大事にするか。結果的に45歳までやっているかもしれないし、逆にサッカーじゃない何かを選ぶタイミングが来年でもおかしくはない。でも次のW杯が客観的に考えた時に最後になる可能性がある。今の自分が何を言っても想像でしかないけど、とにかく分かっているのは、W杯までは何をやるか。これは決まっているし、行くということも自分の中では決まっている。そこまでは、決めたことをやるだけ」

 視線の先には、すでに北中米のピッチがはっきりと映っている。その後の景色は、その時の自分が決めればいい。浅野拓磨は今、かつてないほど自由に、そして力強く、運命の大会へと突き進んでいる。

(FOOTBALL ZONE編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)



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