「レアル戦楽しみ」一転、無念の離脱 25歳日本人の葛藤…欧州名門「俺が!」を支える覚悟

ザルツブルク移籍の川村拓夢「日本の国民性にいい印象を持ってくれている」
欧州で多くのスター選手を輩出してきたレッドブル・ザルツブルク。2024年夏、そんな育成の名門クラブにサンフレッチェ広島から加入したのが25歳のMF川村拓夢だ。攻撃的なタレントが揃うチームにおいて、度重なる負傷離脱に見舞われながらも、バランサー役を担う川村の献身性は際立った。変革期にあるクラブで、彼が果たすべき役割とは――。厳しい環境で戦う日本人選手の現在地に迫る。(取材・文=中野吉之伴/全3回の2回目)
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現在アメリカで開催中のクラブ・ワールドカップ(クラブW杯)に参戦しているオーストリアのレッドブル・ザルツブルク。攻守両面で圧倒的な強度を誇る“メガ・インテンシティ”のスタイルを持ち味に、欧州で存在感を放ってきた。ボールを奪い、素早くゴールに迫るスタイルで知られ、アーリング・ブラウト・ハーランド(マンチェスター・シティ)、ドミニク・ソボスライ(リバプール)、ダヨ・ウパメカノ(バイエルン・ミュンヘン)、南野拓実(ASモナコ)ら数多くのスターを輩出してきた育成型クラブでもある。
国内のオーストリアでは、2022-23シーズンまでリーグ10連覇を達成し、無双の時代を長らく築いたが、近年は2季連続で2位に沈んでいる。その要因はどこにあるのか。今季ザルツブルクでプレーした川村はこう語る。
「ザルツブルクは世界中の有望な若手選手を集めたチーム作りが特徴ですが、僕の中では逆に若い選手が多すぎた部分があるのではと思っています。ベテランで引き締めてくれる選手がほとんどいない。チームのためにっていう選手がちょっと少ないかも。それもあってクラブが望んでいたほど上手くいかない時期もあったかと思います」
アグレッシブなスタイルがザルツブルクの強みだが、対戦相手の対応力も年々向上しており、新たな局面に突入している。そのなかで、日本からやってきた川村への期待は高まるばかりだ。
「日本人の良さの1つはひたむきにやり続けること。監督やスポーツダイレクターもそうした日本人の特性というか、国民性の部分に対してすごくいい印象を持ってくれていると感じています。僕自身もそこはしっかりやれていますし、評価されているなと思いますね」
欧州移籍後に感じた変化「守備では手応え。こっちに来て感触はいい」
川村が加入した当時、スポーツディレクターを務めていたベルンハルト・ゼオンブーフナー氏(2024年冬に退任)も、最大限の評価を口にしていた。
「日本人選手との過去の経験は非常にポジティブだ。川村拓夢もそうなってくれると確信しているよ。彼は日本代表にも選ばれている選手だ。中盤でフレキシブルにプレーできる点もポジティブな要素だし、守備的なポジションからでもゴールへの危険性を漂わすことができる」
もっとも川村にとって、今季は順風満帆とはいかなかった。左膝の内側靱帯断裂、さらに右鎖骨骨折という2度の大怪我を経験し、長期離脱を余儀なくされた。だが、復帰後のプレーで彼がチームにもたらす存在感は大きかった。川村本人はどんな感触を得ていたのだろうか。
「守備の部分ではすごい手応えを感じられていますね。セカンドボールやデュエルの部分では、こっちに来て感触はいいです。日本にいた時は8番のポジション(インサイドハーフ)だったんですけど、ここでは6番のポジション(ボランチ)ですごく評価されているなと感じています。そこは評価されているなと思います」
2024-25シーズン当初、リバプール時代にユルゲン・クロップ監督の右腕として活躍したオランダ人ペピン・リンダース監督の下で4-3-3システムを導入し、自分たち主導のサッカーへのテコ入れを狙った。しかし理想を体現できる選手層が整わず、リーグ戦でもUEFAチャンピオンズリーグ(CL)でも失速。2024年12月のシーズン途中から指揮を引き継いだのが、ブンデスリーガのボーフムでも監督経験のあるトーマス・レッシュだった。
新体制では、ザルツブルク本来のスタイルをベースにしつつ、相手に応じて柔軟に戦い方を変えるアプローチが導入された。そんななかで、ゲームのバランスを担える川村のような存在が、より一層重宝されることになる。
気になることが1点あった。広島時代の先輩で、以前スイスのグラスホッパーや、ベルギーのスタンダール・リエージュでプレーした川辺駿にこんな話を聞いたことがあった。
「8番のポジションからでも、ボランチのポジションからでも、チャンスではペナルティーエリア内へ入っていくことが、ヨーロッパでは求められるし、大事。そこは意識してプレーしています」
似たような話を、ほかの欧州日本人選手から聞くこともある。この言葉に共感しつつも、川村は冷静な現状分析を加える。
「僕もそこを狙ってはいます。ただ今のクラブの状況だと、本当に攻撃的な選手が多すぎて、みんな『俺が! 俺が!』って前に行っちゃう。だからそこは僕がバランスを見ないといけないところなんです。そこはちょっと我慢してます」
クラブW杯前に打ち明けていた思い「世界を見据える絶好の舞台」
一時はリーグ戦でも順位を思うように上げられず、来季の欧州カップ戦出場すら危ぶまれたザルツブルク。しかし終盤戦では、チームの問題点を修正しながら調子を取り戻すと、最終節のラピード・ウィーン戦では川村がフル出場し、4-2で快勝。クラブW杯を前に良い流れを掴んでいたなか、初戦に向けて川村は楽しみな思いを打ち明けていた。
「レアル(・マドリード)は監督も変わりましたし、そんな時にレアルと対戦できるというのは本当に楽しみですね。なかなか対戦の機会がない中南米のクラブとできるのもいいです。グループリーグではパチューカ(メキシコ)と戦いますけど、そういったクラブとバチバチなデュエルの戦いをすごく楽しみにしています。あと、個人的には昨年怪我が多かったけど、シーズン最後に復帰ができて、最終節でCLのプレーオフ出場権も獲得できた。今はコンディションもすごくいいです。僕の価値だったり、世界を見据える絶好の舞台だと思います。来シーズンに向けて、しっかりいい姿をこのクラブW杯で見せたい」
川村にとって、クラブW杯は世界への名刺代わりとなる大舞台だった。しかし、パチューカとの初戦を前に、川村は前日練習で無念の負傷。後日クラブから発表されたのは再び膝の怪我で、クラブW杯からの離脱も発表された。
復帰時期は未定。それでも、怪我から何度も這い上がってきた川村なら、また必ず戻ってくる。その姿を、もう一度ピッチで見る日を待ちたい。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。