「急に1人になった」 日本代表DFが同胞移籍でメンタル不調…欧州で果たした孤独からの“復活劇”

グラスホッパーで研鑽を積んだ日本代表DF瀬古歩夢、日本人選手の存在感を実感
日本代表DF瀬古歩夢が所属するスイス1部グラスホッパーは、2年連続で残留争いに巻き込まれ、今季も2部2位との入れ替え戦に臨んだ。2戦合計4-1で勝利し、瀬古は今季もチームを1部残留へと導く働きを見せた。移籍から3年半が経とうとしているが、その歩みは決して順風満帆ではなかった。特に昨季は、序盤からなかなかコンディションが上がらず、スタメンを外れる試合も少なくなかった。
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「コンディションが上がっていないというのは自覚していました。でもコンディションが上がらないというのは初めてだったので。自分自身のメンタルの部分がやっぱり大きな問題かなと思います」
2023-24シーズンの終盤に取材で訪れた時、瀬古はそんなふうに話していた。メンタルの部分というのは、今まで在籍していた日本人の仲間がいなくなったことも影響しているのだろうか?
「もちろん、もちろん、もちろん、もちろん。それだけではないですけど、それも大きな要因の1つかなと思います」
思わず「もちろん」を4度も繰り返すほど、その存在の大きさと喪失感が伝わってくる。2022年1月にグラスホッパーへ加入した当時、川辺駿(現・サンフレッチェ広島)がすでに在籍していた。「駿くんが半年前からこっちにいてくれたのもあるし、大きな存在になっています。思っていたよりも住みやすいです」と本人も当時語っており、日本人チームメイトがポジティブな存在だったのは間違いない。
2023年1月には原輝綺(現・名古屋グランパス)が清水エスパルスから期限付きで加入し、日本人3人によるトリオが公私ともに支え合う関係を築いていた。しかし、川辺は同年7月にベルギーリーグのスタンダール・リエージュへ移籍し、原もレンタル契約の延長はなされず、所属元の清水エスパルスへ戻ることになった。
未知の環境へ最初から1人で飛び込むのとは異なり、仲間がいるのが当たり前になっていたなかで、突然1人きりになる喪失感は計り知れないものがあったはずだ。
「そうですね。そのへんの寂しさはやっぱり感じました。今まではそばにいたのに、急に1人になったというのはちょっと自分の中にあった。海外生活が初めての時は駿くんがいて、どれだけ助けられていたかというのも改めて実感しました」
元Jリーグ助っ人外国人と「よく一緒にいますし、日本での話もしますね」
どれだけ頭では割り切ろうとしても、心がそれに追い付くとは限らない。言葉も習慣も環境も常識も異なる異国では、思うように気持ちを切り替えることが難しい場面もある。もちろん、仲の良いチームメイトが全くいなかったわけではない。グラスホッパーの雰囲気の良さについては、かつての同僚・川辺もよく口にしていた。FC町田ゼルビアや鹿児島ユナイテッドFCでのプレー歴を持つドリアン・バブンスキー(現・シェプシOSK/ルーマニア1部)とは、瀬古自身も仲良くしていたと振り返っている。
「バブンスキーとはよく一緒にいますし、日本での話もしますね。そういう共通点があったので、仲良くなりました。一番多く一緒にいるかな。あとオーストラリア代表のアワー・メイビルとよく3人でご飯に行ったりしますね」
過去をいくら振り返っても、今を見つめ、未来へと歩みを進めていくことが求められる。瀬古もまた、少しずつ本来の自分を取り戻していった。特別なことをしたわけではない。ただ、日々を積み重ねていったのだ。
「そのへんにやっぱり慣れたという感じですね。普通に1人に慣れたというだけです。試合に出たり出られなかったりというのを今年は味わいました。より一層やらないといけないなっていうのは感じさせられた。最近はコンスタントにしっかり試合に出られています」
昨季終盤のローザンヌ戦後、瀬古は手応えを感じさせる言葉を残していた。そして、苦しい時期を乗り越えて迎えた今シーズンは、開幕から納得のいくプレーができていたと語る。チームとしては残留争いに苦しんだものの、個人的な感触は決して悪くなかったという。
「まず、できるだけ守備にフォーカスを当てて、やっている感じです。もちろんボールを持っている時は自分の持ち味を発揮したいと思いますけど、どうしても相手にボールを持たれる時間が長くなってしまう。その分、守備でしっかり成長できているのかなと思っています」
見据えるさらなる高み「『よーいドン!』で勝負しても勝てるスピードが欲しい」
守備面で後れを取らないために、特に「スプリントのところ」の強化に重点を置いていると瀬古は語る。守備の選手として、まずは自分がアプローチしやすいポジションを確保し、相手FWの動きを封じることが最優先となるが、試合の中では不利な体勢や状況からスタートする場面も少なくない。そうした状況でも1対1で確実に対応できる強さを身に付けることが、さらなるレベルアップにつながると考えている。
「もっと『よーいドン!』で勝負しても勝てるぐらいのスピードが欲しいですね。良くなっている実感はあります。成果は出てきている。もちろんバッとやって速くなるわけではないので、徐々に徐々に上げられればいいかなと思っています。続けてやっていくだけです」
瀬古のグラスホッパーとの契約は2025年6月30日で満了を迎える。移籍の可能性が高いと見られているが、果たして来季はどのクラブでプレーすることになるのか。精神面でも大きく成長を遂げた瀬古が、自らの持ち味を存分に発揮できる新天地で、新たな一歩を踏み出すことを願いたい。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。