前田大然のプレミア移籍とシビアな事情 「価値あるのか?」…獲得に動けば興味深い中堅クラブ

51試合出場で33得点を挙げた「キャリア最高のシーズン」
欧州の1部リーグで、27歳のFWが計51試合出場33得点。そこには、チャンピオンズリーグ(CL)での4ゴールも含まれる。演じたアシストも、国内外で「12」を数えた。セルティックの前田大然が、今夏の移籍市場で獲得ターゲットと目されるのは当然だ。
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スコットランドのプレミアシップで立て続けに計7ゴールを記録したのは、今年2月後半からの5試合。前月に得点源だった古橋亨梧がレンヌ(フランス1部)へと去り、前田は、3トップの左サイドに加え、代役として中央でも起用されるようになっていた。時を同じくして、イングランドのプレミアリーグで囁かれ始めた噂の移籍先は、優勝を飾ったリバプールから、来季の復帰を決めたリーズまで、片手では数え切れない。
大陸側からも、ジョゼ・モウリーニョ率いるフェネルバフチェが、トルコから獲得に動くと伝えられるようになった。より資金力のあるイングランド勢が覚悟すべき「値札」は、推定2500万ポンド(48億5000万円弱)。移籍実現の暁には、プレミア史上最高額の日本人選手が誕生する。
巷で、「それだけの価値があるのか?」との見方を避けられないあたりは、英国北部のトップリーグでプレーする者の宿命か。自国のプレミアが持つ競争レベルの高さを自負するイングランドの人々は、スコットランドのプレミアを上から目線で眺める。中立的な視点からも、セルティックにとってのライバルが、同じグラスゴー市内のレンジャーズに限られる事実は否定できない。
今季最終戦となった、5月24日のスコットランドFAカップ決勝(1-1)は、リーグでは5位のアバディーンとの一発勝負で、延長PK戦(3-4)の末に敗れた。国内3冠でのシーズン締め括りはならなかった。
とはいえ、それは通算9度目の達成が叶わなかったというレベルの無念。その1か月ほど前には、4連覇と、宿敵に並ぶ通算55回目のリーグ優勝を決めていた。
だが前田が、本人曰く「キャリア最高のシーズン」を送ったことも事実だ。5月17日の最終節セント・ミレン戦(1-1)を前に、地元メディアの取材に応じた際の一言だが、その様子を試合当日に教えてくれたスコットランド版「デイリー・メール」紙の番記者は、今季の前田について次のように言っていた。
「彼が、ここで力を見せつけたと言えるシーズンを過ごすことができて嬉しいよ。移籍から(レンタル期間を含めて)3年半、最初の頃は、シュートを焦ってチャンスを逃す癖があるようにも思えた。それが、キョウゴの穴を埋めるとはね。正直、驚いたが、今のダイゼンは、ボックス内で落ち着いて確実にネットを揺らす」
「家族思い」の「戦う男」
ホームでの試合後、ミックスゾーン代わりに指定されたスタンドの役員席で、前田自身から話を聞くことはできなかったのだが、番記者対応を終えたキャプテンのカラム・マグレガーに一言をお願いすると、笑顔で「1人で2人分」と前田を評して去っていった。この試合でも、途中で左ウイングから1トップへと持ち場を変えていた一人二役もさることながら、センターハーフの目には、アウトサイドと中央の別を問わず、欠かすことのない前線からの守備でも頼もしい存在と映るに違いない。
そんな前田を、「ピッチ上ではウォーリアーだけど、ピッチ外では多分、ファミリーマン。そこがしびれる」と表現したのは、あるサポーター。翌週のカップ戦決勝後、会場となったハンプデン・パークの最寄り駅で電車を待っていた際、「マエダ、惜しかったな」と声を掛けてきた。
前田には、延長戦突入前に勝負をつけるチャンスがあった。CFに回っていた後半のアディショナルタイム中、相手選手2人の間を抜け、ドリブルで1対1に持ち込んだ。しかし、コースを狙おうとした右足シュートは、相手GKが伸ばした左足にブロックされた。
言われてみれば、青年サポーターの言う「家族思い」の一面は、試合終了直後にも垣間見られた。120分間のフル出場が報われず、さすがに憮然とした表情でトンネルへと向かい始めた前田だったが、着ていたユニフォームを幼いファンにプレゼントする瞬間には、柔和な笑顔を浮かべていたと見受けられた。
「戦う男」に関しては、今季序盤戦でのエピソードを教えてくれた。
「6点差でバカ勝ちした(第6節)セント・ジョンストン戦、勝利は絶対的だった終盤に味方がボールを失った場面で、アタッキングサードからディフェンシブサードまで、猛ダッシュでボールを奪い返したんだ。あの時、(ブレンダン・)ロジャーズのリアクションだけを見ていたら、監督は、まるで土壇場の逆転ゴールに拍手を送りまくっているみたいだった」
その指揮官が「世界最高レベル」とまで絶賛するハードワークは、やはり、前線の選手にプレッシングやチェイシングを要求する指揮官が増えている、イングランドのプレミアでも歓迎される。攻守両面で活きる持ち前のスピードも同様。では、肝心の得点能力は?
CFらしいクレバーなランでは、前担当の古橋が上ではあるだろう。しかしながら、チャンスが訪れた際のフィニッシュは、ゴール前での落ち着きと自信を増した前田も負けていない。筆者には、そう思える。国内リーグよりもレベルの高いCLでの戦いぶりにしても、セルティック在籍時の古橋は古橋で、チャンスを逃す場面が少なくなかった。悲願の16強入りに迫った、プレーオフ(合計2-3)でのバイエルン・ミュンヘン戦、前田は1ゴール1アシストをこなしている。

セルティック残留が妥当な選択肢か
ただし、CL常連のイングランド強豪による引き抜きが、濃厚と言えるわけではない。プレミアのビッグクラブは、補強予算の規模もハイレベル。希望の即戦力候補リストには、リーグ戦での得点数が前田の今季「16」と大差がなくとも、一般的にスコットランドより格上と認識されるリーグで、数字を残している選手が名を連ねる。
本稿執筆時点で名前を挙げれば、国内でニューカッスルが流出阻止に努めるアレクサンデル・イサクをはじめ、ベンヤミン・シェシュコ(ドイツ1部RBライプツィヒ)、ビクター・オシムヘン(イタリア1部ナポリ)、ビクトル・ギョケレシュ(ポルトガル1部スポルティング)といった顔ぶれになるだろう。
3年ぶりのCL復帰となるチェルシーは、20代前半の若手を長期契約で獲得する補強ポリシーがネック。従来の“ビッグ6”では、マンチェスター・ユナイテッドが大幅な戦力入れ替を必要とするが、チームの作り直しに時間を要する今季15位は、CLはもとより、まったく欧州戦のない来季だ。
ヨーロッパリーグ優勝でCL出場権を手にしたトッテナムには、セルティック前監督のアンジェ・ポステコグルーもいる。だが、プレミアでは過去最低の17位に終わったチームは、今夏の実施が見送られた場合でも、来季早々に指揮官の首が挿げ替えられる危険性を伴う。
個人的には、9位につけたボーンマスあたりが動けば興味深い。一昨季からのアンドニ・イラオラ体制下で上昇傾向のチームは、最終順位から想像される以上に見応えのあるサッカーを披露。前田は、インテンシティの高さを前提とする指揮官が好む特性を持つ。クラブは、CBディーン・ハイセンと引き換えに、前田に付いた値札の倍額をレアル・マドリーから得てもいる。だが残念なことに、FW補強は今夏の最優先事項ではない。
同じトップ10内にはブライトンもいるが、やはり前線の即戦力獲得は、ジョアン・ペドロや三笘薫を取り巻く移籍の噂が現実となるか否かに左右される。一方、積極的に補強に努めるはずの昇格3チームは、来季プレミア勢とはいえ、セルティックからのステップアップとなる保証がない。同じく日本代表チームメイトの田中碧を主軸とし、2部王者として復帰する古豪リーズにしても、「一寸先は闇」に近い残留争いだ。
前田自身は、今夏の移籍を急かない構えを示している。セルティックの一員として、ピッチ上で味わう「喜び」を公言しているウインガー兼CFにとって、来季はチーム前線の主役として迎える初のフルシーズンとなる。強豪クラブで背負う、ゴールへの責任とプレッシャーと通年で向き合いながら、欧州最高峰の舞台であるCLで、改めて念願の16強入りを目指す。シーズンのやり甲斐も十分であり、終了後にはW杯が控えているとなればなおさらのことだ。
もちろん、日本人記者としては、より試合に足を運びやすいという観点からも、イングランドのプレミア入りは歓迎できる。だが同時に、スコットランドのプレミア残留が、残念ではなく、妥当な選択肢となるとの理解もできる。その際には、来季も喜んで、ロンドンから電車で片道6時間のセルティック・パークを訪ねたい。「井の中の蛙大海を知らず」ではなく、“CLを知るセルティックの前田”を観るために。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。