三笘薫を輝かせたブライトン革命 CL躍進の欧州強豪と共通点…「デザイン化」の衝撃

日本人アナリスト桝谷至良氏、インテルを称賛「パターンを全部押さえている」
サッカーの戦術は常に進化を続け、現代サッカーではチームの動きを緻密にデザイン化、システム化する流れが加速している。現在ドイツ2部マクデブルクでアナリストを務める桝谷至良氏は世界の最新トレンドに加え、データや映像情報を選手に分かりやすく落とし込むアナリストの役割について語った。(取材・文=中野吉之伴/全4回の4回目)
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サッカーの戦術や戦略は日進月歩。「これ以上の戦術や戦略はない」と度々言われながら、毎年のように変化・深化・進化している。具体的に最近はどのような動きがあるのか。
「僕がリバプールに来たのが6年前ですが(日本の高校卒業後、リバプールのジョン・ムーア大学フットボール&サイエンス学部で勉学)、その頃はプレミアリーグの中堅くらいのクラブだとアナリストが2人、多くて3人という状況でした。当時は対戦相手の分析とセットプレー、試合後のフィードバック程度の構成だったと聞いています。それがこの5年ほどで、役割がすごい細分化され、崩しやプレスといったそれぞれの局面がデザイン化されてきている傾向があると思います。チーム全体の動きがよりシステム化されてきています」(桝谷)
プレスのタイミングや入り方、守備ブロックの築き方、ビルドアップにおけるボールの運び方など、デザイン化は着実に進んでいる。今季UEFAチャンピオンズリーグ(CL)で決勝に進出したインテルの精度の高さを桝谷は例に挙げる。
「インテルは3-5-2システムをベースに、どういう相手が来ても、自分たちのバリエーションを出せる作りになっている点が凄い。個々の特徴を生かせるチームでの戦い方になっていると感じます。ビルドアップではうしろ3枚で回す時と4枚で回す時の使い分けがとてもスムーズ。相手がハイプレスに来ても、ゴールキーパーの関わり方も含めて、やれるパターンを全部押さえていて、それらの使い分けが上手い。さらに最後の逃げ道として、ラウタロ・マルティネスやマルクス・テュラムというタイプの違う2人が前にいるし、それがあるからこそ成り立っている」

プレミアリーグに旋風を巻き起こしたブライトン「革命的だなと思う」
ビルドアップからのデザイン化に関して、日本代表MF三笘薫がプレーするブライトンが革命的な取り組みをしていた点にも言及。前監督ロベルト・デ・ゼルビは相手のプレスを予測したうえで巧みにポゼッションのデザインをして、プレミアリーグに旋風を巻き起こした。
「(ブライトンが)革命的だなと思うのは、ビルドアップがビルドアップだけで終わっていなくて、ちゃんとその先のゴールという目的につながっている点。パスの出し手となる選手のクオリティーが大事なのはもちろんですが、それを支えているのがボールを受ける前線の選手の動き出しのタイミングやポジショニング。ビルドアップにフォーカスされがちですが、それを全体のところまで広げたデザイニングができていて、アタッキングサードへの攻撃につながっている点が革命的ですね」
戦術浸透度や共通認識の徹底と言われるが、チームに落とし込むにはどうすればいいのか。どのようなアプローチが完成度の向上につながるのか。
「分かりやすいフィードバック映像を見せることが有効だと思います。良いシーンを切り出して『こういう形を増やしていきましょう』と伝えればイメージが残りやすいし、良くなかったシーンに関しては『ここを改善して、今後こうしていきましょう』というのを見てもらって整理し、モデルとなるトップレベルの映像も合わせて見てもらいイメージを掴んでもらう。そうした映像の使い分けは大事ですね。あとテーマが転々としないようにすることもすごく重要です。シーズンの序盤は完成度がどこも低いですが、やはり優勝するようなチームはそこからのチーム作りがすごく上手い。例えばマンチェスター・シティは今季少し躓いたりしましたが、昨季やそれ以前は、完成度がまだ低いところからどんどん改善していくところは本当に素晴らしいものがありました」
分析の領域が発展し、様々な局面が詳細に分析され続けることで、選手が詰め込むべき情報量は劇的に増えている。だからといって、選手の脳内キャパシティには限界がある。増やすほど良いわけではなく、どこかで上手くバランスを取る必要が出てくる。「シンプルにできるところはシンプルに」という傾向のなか、相手のビルドアップに対してマンツーマン化が進む潮流があるのではと、桝谷は仮説を立てる。
「ビルドアップの複雑さというか、バリエーションの多さが増えてきたので、それに対抗するにはシンプルにやれるところはシンプルにやらないと対応し切れない。ボールを持っている時のセットアップの仕方が凄くなってきたのはあると思います」
机上の空論と現場の視点「選手には選手の感覚がありますから」
話を聞けば聞くほど、分析とは局所的な映像だけを切り出して後付け理論を語ることではないと思い知らされる。机上の空論を語る人は少なくない。選手あっての、相手あってのサッカーだが、後出しじゃんけんのように自分のイメージに合うプレーだけを切り取り、それがあたかも現象のすべての要因かのように決めつけるのはよろしくない。
「本当にそうだと思います。ピッチで選手が見ている世界とカメラで映し出されたものは違う。外からの映像情報で選手の動きを制限するのも違う。選手には選手の感覚がありますから。アカデミックな要素を取り入れようとしているクラブもあるし、実際に上手くいっているクラブは現場と理論の温度差もギャップも埋められています」
ドイツの有名なアナリスト、シュテファン・ノップ氏が「アナリストは通訳者。データや映像情報を選手が理解できる形に落とし込まなければならない」と話をしてくれたことがある。選手が最大限のパフォーマンスを発揮し続ける手助けとして、アナリストは今後のサッカー界で大きな役割を担うことになるだろう。
(文中敬称略)
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。