個人2冠の快挙…「レッドサムライ」田中碧の原点 プレミア昇格で掴んだ「ボス」への扉

リーズでプレミア昇格に貢献した田中碧、「初めて報われた」と振り返った背景
日本代表MF田中碧が所属するリーズ・ユナイテッドがチャンピオンシップ(イングランド2部)で優勝し、プレミアリーグ昇格を果たした。
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2024年8月にブンデスリーガ2部のデュッセルドルフからリーズに移籍した田中は、今季リーグ戦43試合に出場し、5ゴール2アシストをマーク。チャンピオンシップの年間ベストイレブンに選出されたほか、選手投票によるチームの年間最優秀選手賞と年間最優秀ゴール賞を受賞する活躍で、リーグ優勝に多大な貢献をした。殊勲の田中は自身の公式インスタグラムで「シーズンが終わりました。ヨーロッパに来て初めて自分がやってきたことが報われたと感じました」と喜びの声を残している。
「初めて報われた」と振り返る背景には、これまでさまざまな困難と戦ってきたプロセスがある。2021年6月26日から3シーズンプレーしたデュッセルドルフでは数々の苦難と向き合いながら、自分を高めてきた毎日があった。
デュッセルドルフからの期待は当初から非常に大きかった。田中がクラブを1部へ導いてくれると思っていたファンも少なくない。しかし加入当初、新監督として就任したクリスティアン・プロイサーの指導法にチーム全体が戸惑うという難しい状況が待っていた。チームが迷いながらプレーするなかで、海外移籍初となる新加入選手が力を発揮するのは容易ではない。
昇格争いどころか残留争いに陥ったため、クラブは監督交代を決断。新たに就任したダニエル・ティヌーウ監督はそれまでの主力選手を中心にチームを立て直し、なんとか残留を果たすことはできた。
田中の欧州1年目は29試合1779分に出場。チーム事情に振り回されたとはいえ、個人として満足のいくシーズンではない。選手としてピッチで答えを出さなければならないと、居残り練習を日常的に行う力の入れようだったという。
デュッセルドルフで広報を務める廣岡太貴氏は、当時の田中についてこのように話していた。
「田中選手は本当にやりすぎじゃないかってくらいストイックでした。ドイツ人ってチームトレーニングが終わったら早く帰れっていうじゃないですか。だからチームスタッフに『アオに練習させないでくれ』って言われたこともあるぐらい。特に1年目は本当に凄かった」
苦難を経て飛躍…指揮官も絶賛「アオは血の味がするほど戦った」
一気にブレイクを果たしたい2シーズン目だったが、シーズン途中、膝の内側靱帯断裂という負傷の影響もあり出場は22試合1752分にとどまり、クラブも4位に終わった。レギュラー選手としてティヌーウ監督は田中の資質を高く評価しつつも、中盤センターにおけるプレークオリティーを高めるうえで、田中にさらなる好パフォーマンスを要求していた。
「正直に言うと、田中碧にはもう少しやってほしいと期待している。彼はワールドカップに出た選手だ。ここでも2部リーグの試合で彼のプレーで変化をもたらしてほしい」
チームの中では間違いなく最も良いプレーをしている選手の1人だと誰もが認めている。しかし求められているのは良いプレーだけではない。チームを勝利に導く違いをもたらすプレーだ。相手チームを凌駕するプレーを見せてくれる田中の姿だ。
田中自身も当時こんなふうに語っていたことがある。
「チームとしてやろうとしてるとは思いますけど、できてないのが事実。自分がピッチに出た時にそれを示せればいいのかなと思います。自分がピッチに立った時に何かピッチに変化を起こさないといけないですし、なおかつ勝たないと。その2つを求めてやらなきゃいけないのかなと思います」
そして迎えた3シーズン目となる2023-24シーズン、田中は一気にチームの中心選手へと成長していく。その活躍ぶりにティヌーウ監督は「アオは血の味がするほど戦った。これからも『レッドサムライ』の姿を見せてほしい。僕らみんなが願っている」とその活躍を喜び、チームメイトのヨルディ・デ・ヴァイスも「僕も国外でプレーしたことがあるけど、上手くいかない時は本当につらいんだ。アオはそこから抜け出し、どれだけいい選手で、僕らにとってどれだけ大事な選手かを示してくれている。リスペクトに値することだよ」と称賛していた。
田中の躍動とともにデュッセルドルフは同シーズン3位で2部リーグを終え、1部16位のボーフムとの入れ替え戦に挑んだ。ファーストレグをアウェーで3-0と快勝し、ブンデスリーガ昇格まであと一歩に迫っていた。ホームでのセカンドレグには5万人強のファンが集まり、情熱にあふれた雰囲気を作り出した。
元ドイツ代表も太鼓判「田中は『ボス』になれる選手だ」
しかし、サッカーは何が起こるか分からない。失うものが何もないボーフムの吹っ切れた攻撃に追い込まれ、2試合合計3-3の同点に追いつかれてしまう。延長戦でも決着がつかず、PK戦では最後に内野貴史が放ったシュートがゴールを超えて飛んでいき、デュッセルドルフの悲願は露と消えた。
試合後ピッチから戻る田中は、何度も頭を横に振りながら、うつむき加減に控室へと消えていった。頭の中を、心の中を整理するには、それなりに時間が必要だったことだろう。その気持ちは痛いほどよく分かる。実際どれほどの葛藤と失望と向き合ったことだろう。
それでも田中は前を向いて歩く。こんなことを語っていたのを思い出す。
「毎日の積み重ねが結局自分の成長につながる。やれることをやるのが自分の一番の成長だと思います。いつどんな時でも、どんな立場でも、ワールドカップを経験しようが経験してなかろうが、怪我してようが、試合に出てなかろうが、そこは変わらないかなと思います」
さまざまな経験を積み重ね、さまざまな苦難を乗り越えて、リーズへと渡った。そこでも自分と戦い続けた日々があったからこそたどり着いたプレミアリーグ昇格なのだろう。
当時デュッセルドルフでU-21コーチを務めていた元ドイツ代表DFルーカス・シンキビッツが筆者に話してくれた言葉がある。
「田中は『ボス』になれる選手だ」
今、その時が来た。来季、プレミアリーグの舞台で「ボス」となった田中が躍動するシーンを楽しみにしたい。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。