父は日本代表でW杯出場…カナダ出身の逸材2世 幼少期に水泳&柔道、受け継いだ遺伝子

横浜FMユースで活躍する平野遼【写真:FOOTBALL ZONE編集部 】
横浜FMユースで活躍する平野遼【写真:FOOTBALL ZONE編集部 】

横浜FMユースの平野遼、父親は1998年のフランスW杯に2試合出場した平野孝

 身体能力の磨き方は様々。多くのトップアスリートを取材するなかで、幼少期に今続けているスポーツ以外のスポーツをやっている選手が多いことに気づく。プリンスリーグ関東1部第5節の帝京vs横浜F・マリノスユースの試合で、横浜FMユースの右ウィングバックでプレーしていた2年生DF平野遼のプレーに目がいった。

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

 なぜ目がいったのかというと、彼の身体の使い方に興味を抱いたからだった。走る姿勢が良く、相手選手と入れ替わるときやクロスを上げるシーンで股関節の可動域の広さや、肩甲骨周りの可動域の広さを感じ取れた。

 この試合、チームは2-2のドローに終わったが、平野は前半34分のFW内藤澄夢のゴールのアシストをマークした。

 アシストのシーンは右サイドに届いたサイドチェンジのパスに対し、目の前のスペースに走り込んでいた平野が、そのスピードを殺さずにダイレクトで中央に走り込んだ内藤に折り返したもの。この一連のプレーのなかで、相手がスライディングでボールをカットしようとして一瞬判断を迷いそうなシーンがあったが、抜けてきたボールにしっかりと身体をアジャストさせたからこそ、正確なクロスを送り込むことができた。

 2軸動作がしっかりとしており、身体的な柔軟性がある。しかもサイズも180センチあるし、スピードもある。魅力的なサイドアタッカーだと感じ、試合後に話を聞くと、その身体能力の高さの秘訣が分かった。

「小学4年生まではサッカーは週2回しかやってなくて、それ以外は水泳と塾に通って、ちょっと柔道もやっていました」

 水泳では小4の段階で泳力検定2級(1~7級まである)を合格し、2級以上の人間が進める選手コースに行く権利は得ていた。しかし、「選手コースに行ってしまうと、そこからはもう本格的な競泳になるので、サッカーと水泳どちらかを考えたときに、やっぱり僕はサッカーが良かった」と水泳を辞めてサッカー1本に切り替えた。

 ただ水泳を習っていただけではなく、呼吸法や全身の使い方をアスリート並みに学んでいたことで、肺活量や柔軟性がサッカーをする上で大きなベースとなった。

 あざみのFCから横浜FMのアドバンススクールに入り、中学進学とともに横浜FMジュニアユースに進んだ。

 本格的にサッカーを始めたのが遅かったのもあり、中学2年生まではポジションが定まらず、彼自身もどこが適正ポジションなのか分からなかったという。だが、2年生のときに右サイドバックで起用されると、天職を見つけた感覚を覚えた。

「運動量だったり、オーバーラップで仕掛けて行ってクロスをあげたり、そういうプレーが僕にとって凄くしっくりきたんです。正直、それまでは『このポジションをやりたい』というのが特になかったのですが、右サイドバックを経験して『ここだ』と思ったんです」

 右サイドバックとしてプレーして4年目。天職を見つけて躍動する彼には心強いアドバイスをくれる存在がいる。

「お父さんからはいろいろアドバイスはもらっています。今はプレー面で『味方をうまく使ってやれ。そのためには慌てずに相手を見ろ』と言われます。CBに相手が食いついて来たときのサポートや、前から来ているときにワンタッチで剥がしたり、スペースに掻い潜ったりする。僕はドリブルがうまいわけではないですし、どちらかというと足元でボールを受けてシンプルに味方を使ったり、叩いたボールをもう一度もらって背後を狙って仕掛けたりと、グループで崩していくほうが得意。だからこそ、1つ後ろから相手を常に見ながら、スペースを見つけて、味方をうまく使いながらそこに侵入していく。自分が仕掛けるというより、連動してラインブレイクをして、自分で行くときはクロスまでやりきることを大事にしています」

 彼の父親は平野孝。元日本代表で、1998年のフランスW杯にも2試合出場したサイドの名手だ。

 清水商業高(現・清水桜が丘高)から名古屋グランパスエイトに加入し、京都サンガ、ジュビロ磐田、ヴィッセル神戸、東京ヴェルディ、横浜FM、大宮アルディージャとJリーグで15年間プレー。2008年から2010年までユナイテッドサッカーリーグ(USL)に所属するカナダのバンクーバー・ホワイトキャップスでプレー。平野は2008年にカナダで生まれ、2歳までカナダで育った。

「お父さんは身体能力がずば抜けていて、キックが凄かったと聞きます。僕はもっとキックを磨いていきたいし、課題である1対1の部分は解消していかないとレベルアップはできない。相手を剥がせる選手になれるように努力をしていきたいです」

 彼が言うように、スピードや動きを止められたときに、個人で打開する力はチームを率いる富樫剛一監督も課題として指摘している。

 裏を返せば、まだプレースタイルがいい意味で確立しているわけではないからこそ、彼がこの課題に真摯に向き合い、父のような打開力を身につけたら、相当スケールの大きなサイドプレーヤーになるのではないかと大きな期待を抱かせてくれる。

「マリノスは純粋に好きなチーム。今、トップチームが苦しんでいますが、そこでユースである僕たちが何をするべきか。どう成長をすべきかを考えないといけない。マリノスの一員としてその意識は大事にしています」

 名手の遺伝子とトリコロールの誇りを胸に刻んで。平野はサッカーと水泳で培った身体能力をベースに、大きなポテンシャルを形にしていく作業を繰り返していく。

(FOOTBALL ZONE編集部)

page 1/1

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング