英国で挫折→アポなしで欧州13クラブ突撃の”就活” 「ここで働けないか」…日本人アナリストが海外で働くリアル

桝谷至良氏がアナリストとして働くFCマクデブルク【写真:IMAGO / Christian Schroedter】
桝谷至良氏がアナリストとして働くFCマクデブルク【写真:IMAGO / Christian Schroedter】

欧州サッカー界で働くチャンスを引き寄せた桝谷至良氏

 サッカー欧州組は選手だけではない。現在ドイツ2部のFCマクデブルクでアナリストとして活躍する桝谷至良氏は、イングランドでの挫折、欧州13クラブへの突撃就活を経て、直談判でチャンスを掴んだ。欧州サッカー界で働く道を自らの手で切り拓いた桝谷氏の常識破りのキャリアと情熱に迫る。(取材・文=中野吉之伴/全4回の1回目)

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 中学生の頃から海外へ憧れを持ち、英語が得意だった桝谷は日本の高校卒業後にリバプールにあるジョン・ムーア大学への入学を決意する。フットボール&サイエンスの学部で分析に関する基礎を学び、インターンとして複数のクラブで実地研修を積んだ。イングランドのサッカー文化にどっぷり浸かった桝谷は、卒業後もイングランドで生活したいという思いはあったものの、就業ビザの基準が厳しいためほかの選択肢を探る必要性が出てきた。

 ドイツ、イタリア、スペイン。どこに可能性があるかを考えた。旅行で各国を訪れた際、イタリアやスペインでは英語がほとんど通じなかった経験がある一方、ドイツではある程度通じた感触を得たことが、ドイツでの就活を決めるきっかけになったという。そのやり方は非常にストレートで思い切りのいいものだった。

「アポも取らずに公開練習に行って、コーチと思しき人を見つけていきなり話しかけるなど、いろんなクラブに突撃しました。ドイツ国内だけではなく、ベルギーのシント=トロイデンやアントワープなど、2週間で13クラブを回りました」

 訪れた先の1つがドイツのニュルンベルクだった。最初は断られたが、のちに向こうのチーフスカウトから連絡が届く。林大地、奥抜侃志(ともに現・ガンバ大阪)を獲得したクラブが通訳を探しているという。

「『通訳のほうがメインになるかもしれないけど、それでやらないか?』という話をもらったので、『分析もやらせてほしい』とお願いしました。もともといた分析官をアシストする感じで、通訳と兼任ですがアナリストとしての仕事がスタートしました」

ドイツ2部のマクデブルクでアナリストとして活躍する桝谷至良氏【写真:本人提供】
ドイツ2部のマクデブルクでアナリストとして活躍する桝谷至良氏【写真:本人提供】

公開練習で日本人選手にアピール「ここで働けないかなと思って来ました」

 しかし、クラブの戦績が振るわなかったことも影響し、桝谷はクラブから離れる決意をする。次のステップアップを考えていた時、頭に思い浮かんだドイツのマクデブルクだった。

「たまたまテレビで見たマクデブルクのサッカーにすごい衝撃を受けました。チームとしての化学反応が非常に良くて、ボールもよく動くし、そんなサッカーがとてもクールに思えた。マクデブルクにコンタクトを取ってみて、もしダメだったら日本に帰ろうかなと思ってチャレンジしてみました。すると、その日のうちにコーチから『契約はこんな感じでまとめるから、どう?』とオファーをくれました」

 行動力の塊の桝谷は、ここでもマクデブルクの公開練習に足を運び、当時プレーしていた伊藤達哉(現・川崎フロンターレ)に「ここでアナリストとして働けないかなと思って来ました」と直談判した。
 
「達哉さんとは以前対戦した時に話をしたことがあったのですが、そんな話をすると『あそこにいるコーチが編成など全部やっているから、彼がOKしたらチャンスあるかも』と言って話を振ってくれた。プレゼン資料を持っていたところ、『じゃあ、ミーティングするから来てくれ』と別室に連れていってもらい30分ほど話すると、『ちょっと面白いぞ』となり、監督も呼んできてくれた。監督と3人で話をしていると、今度は通りがかった主力選手のバルシャ・アティックも加わって話を聞いてくれたんです。結局2時間半くらい話をして、『面白いね。即戦力としていけそう』と合格点をもらえました」

 マクデブルクにU-23の分析スタッフがいなかった点も、桝谷には有利に働いたようだ。クラブとしては5部のU-23チームを4部に上げたい考えがあり、U-23の分析も兼任でやってほしいという形で話がまとまった。それにしてもいきなり訪れた日本人に興味を持ち、話を聞いて、そこにのめりこむほどの魅力が桝谷の分析プレゼンにあった点は驚きだ。

「自分の強みはイングランド風のやり方ができる点だと考えています。『プレスはこのように行っているので、オーガナイズを作り、守備の時はこう』というようなポイントを押さえたプレゼンを作成できていたのかなと。大学生上がりの割には映像も上手く使って実戦仕様のフォーマットで分析できている点も気に入ってもらえたと思います。細かく分析できるのは日本人の強みでもあると思います」

アナリストの仕事は「10試合分のビッグデータから10分のプレゼンを作る」

 アナリストとしてどのような仕事をしているのか。「対戦相手の10試合分のビッグデータから10分のプレゼンを作るのがアナリストの仕事」と桝谷は語る。

「上手く要点をまとめたプレゼン資料を監督やコーチに渡す。それが試合前の主な仕事。試合後に関しては、試合中のいろんなシーンから、選手が見て修正や改善につながる一番良いシーンを選んでいくのが本質だと思っています。具体的には、映像の編集方法やアニメーションの見せ方、ストラクチャーの順番などが重要になりますね。マクデブルクの攻撃はビルドアップから始まるので、その分野の分析が7割ほど。ビルドアップが上手くいけば、残り3割のファイナルサードも上手くいく設計になっています。アウト・オブ・ポゼッション(ボール非保持時)でもプレスが上手くはまってボールを奪えないと狙いどおりの攻撃につながらないので、プレスの優先度が高くなります。あとそれ以外のサブパートとして勝敗を分け得るのがセットプレー。オープンプレーとセットプレーは別競技くらい違うと思っています。重要な要素なのでそこは外せないです」

 智将クリスティアン・ティッツの下、今季のマクデブルクは2部リーグで上位争いを繰り広げる(第31節終了時で5位/首位と勝ち点6差)。桝谷らアナリストの存在も、チームの好調を支える大きな要因となっている。桝谷は自身のキャリアについてどんなイメージを抱いているのだろうか。

「ブンデスリーガ(1部)は大きな目標の1つ。でもその前にもっとチーム内での貢献度を高めたいです。今、マクデブルクがすごい好きなので、まずここで自分のやれることを100%やって、ブンデスに上がれたらめちゃくちゃいいなって思っています」

 近い将来、新しい日本人がブンデスリーガで活躍する日を楽しみに待ちたい。

(文中敬称略)

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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