プレミアで頻発「自爆合戦」 “ペップ路線”主流も…後方組み立てでリスク生じる懸念【現地発コラム】
エンタメ性満点もミスが目立ったチェルシー対ブライトン
合わせてシュート30本の6点。9月28日のプレミアリーグ第6節チェルシー対ブライトン(4-2)には、「エンターテインメント」という言葉が似合うのかもしれない。
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前半21分からの20分間でコール・パーマーが決めた4ゴールは、いずれも拍手喝采に値するシュートだった。得意の左足で、折り返しを流し込んで同点とし、冷静に逆転のPKを決め、カーブもスピードも上々のフリーキック(FK)と、ニアサイドを射抜くダイレクトシュートでリードを広げている。
エンツォ・マレスカ新体制下の今季、トップ下起用が増える22歳は、味方がチャンスをものにしていれば、中盤から放ったライン越しのボールとスルーパスで、4アシスト記録も可能だった。
しかし、90分間を見届けた後には、パーマー絡みの決定機とともに、ミス絡みのチャンスが多かったという印象が残った。「立て続けにミス……チーム全体のミスですね」とは、ブライトンの左ウイングでフル出場を果たした三笘薫の試合後談。会見で、敗軍のファビアン・ヒュルツェラー監督も触れていたが、前線にスピードのあるチェルシーを相手に、基本のハイラインと同時にコンパクトな守りを維持することができなかった点が痛かった。
ただし、チームのプレースタイルに伴うミスは両軍共通だ。ブライトンは、自軍スローイン後に組み立て直そうとしたところで、プレッシャーを受けたセンターバック(CB)アダム・ウェブスターのバックパスが距離不足となり、ショートカウンターから同点とされた。
やはりオープンプレーから奪われた敵の4点目も、CB同士で横パスを繰り返すうちに距離を詰められ、GKバルト・フェルブルッフェンのフィードをカットされた。後半にも4分間に2度、後方でのパス回しで墓穴を掘りかけたが、ウェブスターの土壇場クリアと、枠外だったパーマーのシュートで事なきを得た。
ハーフウェーラインに近い最終ラインの高さは、両刃の剣だ。相手コート内では、最大6人構成の“プレッシング・ユニット”が、自軍に2得点をもたらしてもいる。換言すれば、チェルシーはチェルシーで、後ろからのつなぎを意識するがゆえに敵の術中にはまっていたのだ。
前半7分、相手FWジョルジニオ・ルターに頭で放り込まれた先制ゴールは、GKロベルト・サンチェスの飛び出し以前に問題があった。三笘が持ち込んだ流れから、折り返されたボールを拾ったモイセス・カイセドには、安全第一という選択肢もあったはずだ。
ところが、ブライトンから移籍2年目の守備的MFは、クリアではなく、背後にいたリーバイ・コルウィルへとパス。慌てたCBのクリアがブロックされ、ゴール正面でボールが宙に浮いた。
同34分、一時的に1点差(3-2)とされた失点はサンチェスの落ち度だ。エリア淵のカイセドにワンタッチで届けようとしたミスキック気味のフィードが、相手MFカルロス・バレバへの“ラストパス”となった。
後方ビルドアップの志向性は理解できるが…
ブライトンのミスで2点差を取り戻して迎えたハーフタイム、メディア用ラウンジに紅茶をもらいに行くと、ベテランのチェルシー番記者が渋い表情で座っていた。「最近ありがちな自爆合戦!」と声を掛けると、「流行りの感染症だ。避けられるはずの失点が避けられなくなる(笑)」と返ってきた。
近年のプレミアでは、ポゼッションにこだわる監督の下で、つないで攻めるスタイルを好むチームが増えている。8年前からペップ・グアルディオラがマンチェスター・シティを率いているプレミアでは、と言うべきか。“ペップ路線”を進まんとする後進が、今風のサッカー哲学を大々的に発表する舞台であるかのように思えることもある。
例えば、昨季のバーンリー。バンサン・コンパニ率いる攻撃的チームとして昇格すると、復帰1年目のプレミアでもスタイルを変えようとはしなかった。結果、38歳の元シティCBはバイエルン・ミュンヘン指揮官へとステップアップを遂げたが、チームは2部への逆戻りとなった。
良し悪しは別として、今季20チームの中でGKのロングキックが定番と言えるチームはエバートンぐらいだろう。38歳のラッセル・マーティン率いるサウサンプトンなどは、プレーオフ経由での昇格でありながら、リーグ戦開幕6試合ではゴールキックの9割近くが自軍ボックス内でのフィードとなっている。
後ろから組み立てようという志向性は理解できる。前線でロングキックを跳ね返されたセカンドボール争いに期待をかけるよりも、後方からでもマイボールを続ける方がチャンスメイク実現の確率は高いと考えられる。ものにできれば、見応えのあるチームゴールとして実を結ぶ。
だが反面、ビルドアップ初期のボールロストは、「献上」と表現される失点につながりやすい。トレンドの一部として、プレミア勢が繰り出すプレッシングのクオリティーも上昇傾向にあるとなれば尚更だ。この危険性は、サポーターに言わせれば「いらないスリル」となる。
この日のチェルシー・ファンにとっても同様。だからこそ、前半アディショナルタイムに、自軍ゴール背後のスタンドから皮肉を込めた歓声が上がった。サンチェスが、ゴールキックを大きく蹴り出した時のことだ。
マシュー・ハーディング・スタンドの観衆は、1年前の出来事を覚えてもいたに違いない。奇しくもブライトンが相手だった、昨年9月27日のリーグカップ戦(1-0)。サンチェスは、両軍無得点に終わった前半に2度、敵に先制の絶好機を提供していた。
昨季開幕前にフロント主導でブライトンから獲得された26歳は、いわゆる「足元派」に属しはするが、キックと状況判断の精度にむらがある。それが、古巣で現在は控えGKのジェイソン・スティールにポジションを奪われた理由でもあったはずだ。
その昨季新GKが、数メートル前にいた相手FWにパスをする格好となると、背後のスタンドからは嘆き声。その9分後、プレッシャー下のカイセドにつなごうとしたパスから敵のシュートチャンスが生まれると、ホーム観衆の声には怒りが感じられたことを覚えている。
サンチェスは指揮官の信頼に応え“習得”できるか
この日もそうであったように、反応鋭いセーブでチームを救いはする。ビルドアップのノウハウは、周囲のDF陣も身に付ける必要がある。例えば、ディフェンシブサードで三笘にボールを奪われた前半36分。サンチェスから、右に開いていたCBウェズレイ・フォファナへのフィードは妥当だった。しかし、続いてパスを受けた右SBマロ・ギュストの1つ余計なタッチが、ボールロストを招いた。
監督も、絶対条件として後ろからのつなぎを要求しているわけではない。試合後の当人が、スタイルというよりは「タイミングの問題だ」と言っている。「3-1としたところで、リスクを取る必要はなかった」のだと。前述したサンチェスのロングキックは、ベンチ前のマレスカが「ロベルト!」と繰り返しGKの名を呼び、前線を指差した結果でもあった。
とはいえ、サンチェスが攻撃の始点を担うマレスカ体制の先行きには不安を覚える。グアルディオラのシティでさえ、ずば抜けた強さを示し始めたのは、GKとしてエデルソンを獲得してからだ。ライバルと化したリバプールも、攻撃の“最後尾”にアリソン・ベッカーを必要とした。3強の一員となったアーセナルの成長は、アーロン・ラムズデール(現サウサンプトン)、さらにはダビド・ラヤへと、パス能力面でのGKアップグレードとともに加速度を増した。
その点、チェルシーの最後尾は前体制下からの据え置きだ。今夏に獲得されたフィリップ・ヨルゲンセンは、まだ見習い的な色が濃い22歳。昨季後半にサンチェス負傷欠場の穴を埋めたジョルジェ・ペトロビッチは、年齢は24歳だがGKとしては古風なタイプ。ストラスブール(フランス1部)への今季レンタル移籍が終わっても、マレスカ体制では構想外であり続ける。
果たしてサンチェスは、指揮官が言う「タイミング」を学べるのか? チェルシーでのミスと言えば、昨季プレミア第9節アーセナル戦(2-2)。ホームで2点をリードして迎えた終盤に試みたダイレクトパスは、敵が反撃の狼煙を上げたロングシュートをお膳立てしてしまった。ブライトンとのカップ戦で、2度のミスが失点につながらずに済んだ翌月の出来事だった。
監督としての信念と同様、サンチェスへの信頼も貫く構えのマレスカは、今季のブライトン戦後、「あと10点は同じような形での失点があるだろうが」として、スタイル習得継続の重要性をチームに説いたのだという。10失点だけで済めば良いのだが……。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。