プレミア名門相手に奮闘 日本人SBが西ロンドンから持ち帰った「大体は戦える」感覚【現地発コラム】
アウェーのECLプレーオフ第1レグで0-2敗戦
スイス1部セルベットFCの常本佳吾は、センターサークルの縁で額の汗をぬぐっていた。現地時間8月22日、スタンフォード・ブリッジで行われたチェルシーとのヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)プレーオフ1stレグ終了直後。まくり上げたユニフォームの裾で隠された右SBの顔には、無念の表情があったことだろう。
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試合は、クラブとして格上の相手が先勝を収めた。しかし、ピッチ上の両チーム間に、「2点」分の差は見られなかった。前半は、両軍無得点。ホーム観衆によるブーイングのなかでハーフタイムを迎えた。開始15分間ほどで落ち着いたセルベットは、ボール支配を譲りつつも、決定的なチャンスは与えずにいた。
同じことが、先発フル出場の常本にも言えた。立ち上がり数分間には、相手ウインガーのミハイロ・ムドリクに股を抜かれ、センターハーフのキアナン・デューズバリー=ホールにスルーパスを許す場面もあった。だが、その後は得意の1対1をはじめ無難な守備。攻め上がってチャンスに絡むようにもなった。前半13分に得たセルベット1本目のコーナーキック(CK)も、常本がボックス内に送ったパスがきっかけだ。
後半に入ると、5分でクリストファー・エンクンクに先制のPKを決められてはいる。だが、試合が動いてエンジンが掛かったチームは、昨季のプレミアリーグ6位ではなく、昨季のスイスカップ王者の方。チェルシーは、コール・パルマー、エンソ・フェルナンデス、ノニ・マドゥエケを投入したが、後者2名が直接絡んだ同31分の追加点を除けば、意図されたインパクトは見られなかった。
セルベットはというと、ボール支配が4割強のままだったものの、最終的には敵を8本上回るシュート22本。ラスト15分間には3度、少なくとも一矢を報いるだけの好機を手にしていた。終了間際、スルーパスでラストチャンスのきっかけを作った常本も言っている。
「引き分けだったり、最後に1点返すだけでも(第2レグに向けて)だいぶ変わっていたし、悔しい場面は多かったです」
「点を入れられてから相手もちょっと余裕が出ちゃったから、全力のチェルシーだったのかは分からないですけど」と、付け加えてもいる。だが、エンツォ・マレスカ新体制下で「疑問符」付きのチェルシーは真剣だった。ハーフタイム中には、控え選手全員がウォームアップに送り出されている。パフォーマンス改善を狙った3枚替えの前後に得点が生まれても、新監督は微笑まなかった。
格上相手に得た教訓
「個人的にも大体は戦えるなと感じた」との手応えは、常本がプレミア勢との初対決を経験した西ロンドンから持ち帰って然るべきものだ。マレスカ率いるチェルシーとの対戦は、アウトサイドいっぱいに開くムドリクと、「偽SB」に背後を任せてインサイドを上がるデューズバリー=ホールという2人に対処する90分でもあった。
「自分のところで2対1を作るっていうのをやってきたので、内側を締めてから1対1に持ち込んで、サイドに出させてチームとして上手く抑えられたという感触はあります」
同時に、教訓とすべきポイントも忘れてはいない。自ら「経験として凄くでかい」と表現する欧州戦の舞台は、昨季に飛び込んだスーパーリーグ(スイス1部)以上に、自らを磨くチャレンジの場だ。
「結果は2-0(負け)で、これもサッカーだし、相手の方が一枚上手だったなっていう風には感じます」と言うと、こう続けた。
「1対1で取り切りたいところもあったけど、ムドリクもさすがだなと思いました。自分が得意な間合いに入った瞬間、1対1にならないように仲間を使って剥がしてくる。なかなか自分の間合いに入らせない(ボールの)持ち方っていうのは、やっぱり上手いなと感じますね」
味方のボールロストがPKにつながった場面に関しても、そのチームメイトが軽くプレッシャーを受けることになった、微妙なパスのずれに責任を感じていた。
「後半立ち上がり、自分のパスミスというか、失い方も悪くて、そこがPKになってしまった。自分自身に目を向けて毎試合、自分のプレー、自分のクオリティーを上げる作業をもっともっとしていかないと、上には行けないなと感じますし、そういう差がチェルシーとの違いだったのかなとも思います」
「チームとして個人として、上に行くのは狙っている」
そう話すと、ピッチサイドに設けられたミックスゾーンの前方にあるスタンドに目をやった。そこには、国外でのアウェーゲームに駆けつけたサポーターたち、スイス人記者に聞いたところでは、前月のリーグ戦で決めた移籍後初ゴールに「喜びを爆発させた」という仲間たちが陣取っていたエリアがある。
常本は、試合を終えたピッチ上の選手のなかで、真っ先にサポーターたちの前へと足を進めていた。場内には、チェルシーのテーマソング『ブルー・デー』が流れていたが、当人の耳には、セルベットを讃える彼らの歌声しか聞こえていなかったに違いない。お礼の拍手を送りながら約3分間、スタンドの前で労をねぎらい合っていた。
「ここまで足運んでくれますし、熱い声援をくれたから、申し訳ないというか、本当に結果で応えたかった。この試合も勝ちにいくつもりでやりましたし。セカンドレグで大逆転を見せられたら」
常本の目は、涙で潤んでいるようにも見えた。そこには、移籍2年目の日本人ではなく、セルベット主力としての25歳がいた。
チームの監督は、鹿島アントラーズ時代にも指導を仰いだレネ・バイラー(現SD職)から、前エストニア代表監督のトーマス・ヘベルリへと、今季を前に代わっている。だが、移籍1年目から溶け込んだ常本の存在感は変わらない。試合中、頻繁に声も出していた。
「ピッチ上では大体フランス語の会話ですね。監督が言っていることも、分からない時には自分から英語で聞きにいきます。英語とフランス語の両方を勉強中。分からない時には、2つごちゃ混ぜの言葉になりますけど(笑)。でも周りはみんな、フランス語も英語も喋れるから」
もちろん、ピッチ外でも欠かさない努力の先には、昨季に年間ベスト11入りを果たしたスーパーリーグを超える目標がある。
「こういうヨーロッパの舞台で結果を残すことで、注目されてステップアップする。チームとしても個人としても、上に行くっていうのは狙っているとこなので、どれだけ通用するか、どんどんやっていきたいです」
前向きに締めくくってくれたところで、筆者の妻が彼と同じ相模原市の出身で応援している旨を伝えた。実家の場所を説明すると、「本当ですか? 凄く近い!」と笑顔の常本。チェルシーを相手に、ホームでの逆転も不可能ではないと思わせる戦いを演じたチームのレギュラーとして、欧州トップレベルにも少しばかり近づいたと感じられる“惜敗”だったはずだ。
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。