“132年”越しに叶った初の英プロリーグ入り 「信じられない」…地元が沸く小規模クラブの物語【現地発コラム】
リバプールと同じ1892年創設
近年のイングランドでは、サッカー好きの庶民が淋しさを覚える夏が続いている。プレシーズンは、プレミアリーグ勢の海外遠征が当たり前。今年は、リーグ1(3部)に昇格したばかりながら、ハリウッド俳優をオーナーとするレクサムが、2年連続のアメリカ遠征でボーンマスやチェルシーと対戦してもいる。下部リーグ勢の支援も兼ねた地元対決が一般的だったプレシーズンは、過去のものとなりつつある。
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となれば、次はシーズン本番のプレミア国外開催の可能性。買収対象のエバートンを含めれば、半数の10クラブが“米ドル注入中”となる国内トップリーグでは、会合でのリーグ戦アメリカ開催承認が「時間の問題」とも言われる。
もっとも、この国のサッカーはプレミアだけの世界ではない。小さな地元クラブによる大きな成功が、党派を超えて人々に喜びと希望を与えもする。昨年は、ノンリーグ(セミプロ)転落も経験したルートンが、32年ぶりにトップリーグに返り咲いた。
そして今年は、ブロムリーがクラブ史上初のフットボールリーグ(現2~4部)入り。ウェンブリー・スタジアムでのプレーオフ決勝PK戦勝利は、全国規模のニュースとして報じられた。
日本人には、地名としてもクラブ名としても聞きなれない名前だろう。ロンドン中心部から郊外南東部へと急行列車で20分弱の町だが、筆者もつい最近まで訪れたことはなかった。
クラブの存在は、数年前に観た「ザ・ブロムリー・ボーイズ」(公開2018年)という映画を通して知っていた。1969-70シーズンを背景に、ワールドカップ優勝の余韻が残る国内で「最悪」と呼ばれた地元チームにぞっこんの少年ファンを主人公とする、実話に基づくスポーツコメディだ。
海外のプレミアファンに言わせれば、たかがリーグ2(4部)昇格ということになるのかもしれない。しかし、ノンリーグとプロリーグを隔てる壁は高く厚い。その壁を、プレミアで言えばリバプールと同じ年に創設されたブロムリーが、132シーズン目にして打ち破ったのだ。
積極的な地元民との連携
新シーズンの試合はスカイスポーツでテレビ中継される。最寄りのブロムリー・サウス駅で列車を降りると、目の前には「20試合以上レイブンズ(クラブの愛称)が観られる」との広告看板。やはり同局が放映権を持つリーグカップでは、勝ち進めばプレミア勢との対戦もあり得る。地元ファンにすれば、大変な出来事だ。
「とんでもないこと」と言っていたのは、ホームの名称でもあるヘイズ・レーンをスタジアムへと折れる道の角にある、改築中の家の前にいたビルダー(大工)だった。平日の昼時で、駅から徒歩15分ほどの道のりに人通りはなし。「着いちゃったな」と思っていたところで、ポーランド人が多いビルダーには珍しく英語のお喋りが耳に入ったので、道端でランチ休憩中だった2人に、「ブロムリーのファンだったりしますか?」と声を掛けてみた。
「信じられないような気分さ」と、地元サポーターを認めた1人は、昇格が決まったウェンブリーにもいたとのこと。「興奮し過ぎで、試合後のことはあまり覚えてない」と言って笑っていた。もう1人は、ロンドン南部のクリスタル・パレスのファン。だが、ブロムリーファンの友人に誘われて試合を観に来たことがあるそうで、「5ポンド(約940円)で入れた。バーも充実しているし、いい雰囲気だったよ」と言っていた。
クラブが、現英国人オーナーの所有物となったのは5年前。ロンドン南東部にあるミルウォールのファンだが、少年時代を過ごしたブロムリーに思い入れのある実業家は、戦力アップだけではなく、地元民との密着度アップにも積極的だ。調べてみると、同伴者が5ポンド(約920円)で観戦できるキャペーンのほかにも、「4-4-2」と銘打って、シーズン最後のホームゲーム4試合を2試合分の料金で観戦できる割引チケット販売でも、「スタジアム集結」を呼び掛けていた。
平均の観客動員数は2500~3000人だが、5000人収容のスタジアムで行われるノンリーグ戦だったのだから立派な数字だ。サポーターのビルダーは、去る5月のプレーオフ決勝は「最初の1時間でチケット6000枚」が売れ、ウェンブリーに駆けつけたファンは「軽く1万6000人」と誇らしげだった。
降格候補扱いも年配サポーター「やってくれるんじゃないか」
スタジアムへと続く1本道沿いは、ロンドン郊外にはありがちでも、アクセスルートとしては異例の風景。馬、ポニー、ヤギ、ガチョウなどが放されている牧草地が広がっている。試合開催日には、小屋に避難でもしているのだろう。
クラブの敷地に入ると、駐車場の一角にはトラクターとロール状の芝。昨季までは、凍結による試合延期を避けられる人工芝のピッチが、非試合開催日のレンタルで大きな副収入をももたらしてきた。しかし、リーグ2の試合会場に人工芝は許されず、ハイブリット芝への張替えが必要なのだった。
クラブハウスも兼ねるゴール裏側の建物は見た目に新しい。「充実」と聞いたダイニングバーもそこに。あいにく開店前だったのだが、ショップの女性スタッフに尋ねると、平日は夕方からで週7日営業。この夏は、イングランドのEURO2024決勝進出もあって盛況だったという。やはり、クラブの投資意欲と地元意識が窺える。
クラブショップも、広くはないが、ノンリーグのクラブだったとは思えない小綺麗さ。そう思って訊いてみると、まだ新装オープン3年目。ただし、元選手で引退後は店長でもあったブロムリー・レジェンド、ジム・ブラウンの名がショップ名に冠され歴史が反映されている。
冷房の効いた建物を出て、こちらでは“灼熱”と言える30度超の中を再び徒歩15分。駅前のパブで喉を潤そうとカウンター席に座ると、「なんでそんな物を?」と近くの男性が声を掛けてきた。むき出しで持っていた、創設100周年の1992年に出版されたブロムリー歴史本のことだった。
知人の定年退職パーティーで南ロンドンに行くついでに、足を伸ばしてヘイズ・レーンのショップで買ってきたと伝えると、彼は定年後の年配サポーターだった。映画で描かれていた「最悪」シーズンも経験しており、「負けたあと、若い連中に『こんなのどうってことない』と言って、カップ戦を入れても5勝しかできなかったシーズンの話をする(苦笑)」のだという。
そんな彼にとっても初体験となる、フットボールリーグ初挑戦の展望をお願いすると、「ブッキー(予想屋)には降格候補扱いされているが、単なる残留以上にやってくれるんじゃないかと思っている」とのこと。「それに」と続けて、「残っても落ちても、ウチらにとってはすべてが上向きでしかありえない」と言って微笑んだ。
フットボールリーグは、プレミアよりも1週間早く幕を開ける2024-25シーン。イングランドらしい、古き良き「おらがクラブ」の健闘を祈る。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。