日本人の教え子多数…リバプール新監督「アルネ・ボール」解体書 遠藤航がサブ起用でも期待できる理由【現地発コラム】
アルネ・スロット監督は上田綺世、菅原由勢、ファン・ウェルメスケルケン際らを指導
フェイエノールト、今季最終戦の監督記者会見が終わり、アルネ・スロットは一人ひとりの記者たちと別れの挨拶を交わしていた。私もまた、その中に加わった。
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「ファン・ウェルメスケルケン際(川崎フロンターレ)のことを覚えていますよね?」と尋ねると彼は「ああ、覚えているよ」と答えた。
「日本から一言、あなたにお別れの言葉を伝えましょう。彼はAZでたった1週間しか、あなたの指導を受けませんでしたが、『アルネ・スロットが最高のコーチだった』と言っていたんですよ」
「おお、そうか。その話を聞けて嬉しいよ」
2017年夏、オランダ2部リーグ下位クラブのドルトレヒトで主力だった際を、AZがテストに招待した。AZ側の「上位クラブでのパフォーマンスをもう少し見てみたい」ということで際の入団は叶わなかったのだが、のちに彼は「コーチのアルネ・スロットは凄かった。AZが右サイドバック(SB)に求めるプレーを、僕にしっかり叩き込んでくれた。今まで自分が受けてきた中で、最高の指導者です」と語った。わずか1週間のレッスンは、今も際のプレーの根幹となって生きている。
守ではハイプレッシング、攻ではグラウンダー基調のコンビネーションフットボール。アルネ・スロットが、強度とテクニックを掛け合わせたサッカーを求めていく中で、選手のチカラも伸びていく。AZ時代は「過去のひと」扱いだったヨルディ・クラーシーを見事に蘇らせた。フェイエノールトに来てからは、集中力とスタミナに欠けたオルクン・コクチュ(現ベンフィカ)に「このままでは君はいらない」と厳しい声をかけ、改善点を指摘。感覚派のテクニシャンは、身を粉にして働くボックス・トゥ・ボックス型のMFになったうえ、ゴールもアシストもできる頼れるキャプテンとして22-23シーズン優勝の立役者になった。
上田綺世もそう。オランダ挑戦1年目の彼は5ゴール2アシストと本領発揮に至らず、本人も悔しい思いをしたシーズンだった。しかし、そのバックヤードではスロット監督に突き付けられた課題に向かい合い、シーズン終盤にポストプレーの向上をみせた。最後の4試合で3ゴール2アシストと巻き返したのは、決して偶然ではなく、「この1年間取り組んできたことが最近4、5試合、形になってきた」(今季最終戦後の上田)ということだ。
菅原由勢は名古屋グランパスからAZに移籍してから1年半、アルネ・スロットのもとでプレーした。以前、彼にスロットの良さを尋ねると即座に「アルネの良さは控えの選手をしっかりケアすることですよね」と答えた。
菅原はオランダリーグ開幕戦でゴールを決めたり、UEFAヨーロッパリーグ(EL)で活躍したり、アヤックス、PSV、フェイエノールトといった強豪チームに対して右ウイングとして機能したり、1年目から順調だったように見えるが、当時のレギュラー右SBヨナス・スベンソン(現ベシクタシュ)の壁は高く、AZリザーブチームでプレーせざるを得ない時期もあった。そんな彼だからこそのアルネ・スロット評だった。同様のことはAZとフェイエノールトでプレーしたウサマ・イドリシ(現パチューカ)が最近、アメリカメディアに伝えている。
「アルネ・ボール」のリバプール導入にあたり、パスとドリブルに秀でたセンターバック(CB)はポイントのひとつ。今季、アタランタのEL戴冠に貢献したMFテウン・コープマイナースはセントラルMFをメインポジションとするオールラウンダー。AZ時代のスロットは、コープマイナースを頻繁にCBに置くことで、長短多彩なボールデリバリーからのビルドアップを可能にした。今季のフェイエノールトだとレフティーのハンチュコが「守の要」「ボールの運び役」「パスの供給者」の三拍子揃ったCBだった。
SBがプレーの局面ごとに振る舞いを替えていく戦術的動きも見ものだ。今季のフェイエノールトでは右SBヘールトラウダがポゼッション時にアンカーになったり、「ダブル・シックス」の一枚になったりし、アタッキングサードでは右ポケットをメインに、バイタル、ゴール正面、左ポケットに姿を表しフィニッシュに関わった。今、マンチェスター・ユナイテッドにいる左SBマラシアも、スロットのもとで「ストリートフットボーラー」から「戦術理解度の高い左SB」に進化を遂げた。
スロットは4-3-3、4-2-3-1のオリジナル・フォーメーションから、ポジションチェンジによって中盤を厚くする策を好む。ボール保持時にCB、SB、ウインガーが3枚のMFに絡んで数的優位を作っていく。今季、トゥウェンテから加入したアンカー型MFラミズ・ゼルキは開幕当初、「アルネ・ボール」にフィットしなかったが、高速でポジションチェンジを繰り返すサッカーに慣れると、チームのオーガニゼーションにバランスをもたらす存在になった。
リバプールの新監督就任で遠藤航の起用はどうなる?
今季、プレミアリーグのテンポ、強度に慣れてからリバプールの主力になった遠藤航は終盤、パフォーマンスを落としたことから、年齢的なこと(31歳)、アンカーの層の薄さから来た疲労などが指摘されており、ウェブニュースのなかには「スロットのリバプール監督(ヘッドコーチ)就任によって出番を減らすのでは?」という懸念も見受けられる。アンカーは補強必至のポジションで、どんなライバルが来るかもわからない。
しかし遠藤には41試合もの公式戦に出た実績、信頼、安心感がある。しかも指揮官の要求にアジャストしていく頭脳・知恵を持つ。そもそも来季の陣容が固まってないなか、スロット率いるリバプールに於いて、今から遠藤がレギュラー格を保てるのか、それともバックアッパーからスタートするのか、新監督本人にすらわからないだろう。
一つ言えるのは、遠藤にとってスロットのもとでプレーするのは、さらにプレーの幅を広げるチャンスであるということ。これまでスロットは多くの要求を選手に求め、個の成長を促しながらチームの完成度を高めてきた。もし、その要求に応えることができればレギュラー格を維持。さもなければ、遠藤はサブ役に回る。仮に遠藤が控えに回ったとしても腐るタイプではないうえ、スロット自身が控えのモチベートに秀でている。
なんなら「スロットにとって遠藤はアンカー一択なのか」というところから疑ってかかると、「アルネ・ボール」は面白いのかもしれない。例えばティル(フェイエノールト→PSV)のようなハーフスペース攻略兼ファースト・ディフェンダーの役回り、コープマイナースの右利きバージョンのような役割もなきにしもあらず。今季、スロットはフェイエノールトで、右SBニーウコープを何回か右ウイングで抜擢するなど、予想外のコンバートで敵味方を驚かせつつも結果を出してきたのだから――。
(中田 徹 / Toru Nakata)
中田 徹
なかた・とおる/1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグなどを現地取材、リポートしている。