ルートン橋岡がベンチから見つめた事実上の2部降格 移籍半年で実感…残留争いのリアル【現地発コラム】

ルートンの橋岡大樹【写真:Getty Images】
ルートンの橋岡大樹【写真:Getty Images】

ウェストハムに敗れ絶望的となった1部残留

 勝負の世界は美しくもあり、残酷でもある。ルートン・タウンは、そのスピリットとハートを除けば、全てが20チーム中最小の規模。にもかかわらず、開幕から9か月間続けられた奮闘は、今季プレミアリーグ随一の美談だと言える。

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 今冬に移籍した橋岡大樹も、その一部だ。25歳の日本代表DFは、3バックとマンツーマン守備を基本とする稀有な新環境で、複数ポジションを任されながら、極めて前向きな姿勢でプレミア初挑戦を始めていた。

 ところが5月11日、アウェーでウェストハムに敗れた第37節(1-3)で、ついに昇格1年目の残留が絶望的となってしまった。リーグ順位は、シェフィールド・ユナイテッドとバーンリーに続く、最後の降格枠を意味する18位。17位ノッティンガム・フォレストとのポイント差は「3」だが、「12」もの開きがある得失点差により、最終節1試合での逆転サバイバルは非現実的と言わざるを得ない。

 この日も、ルートンは美しかった。攻めの基本姿勢は上位戦でも変わらず。前半6分、センターFWイライジャ・アデバヨのシュートがブロックされた流れから、MFサンビ・ロコンガがクロスに頭で合わせて先制に成功した。

 しかし、最終的には力の差を見せられてしまう。後半9分に同点ゴールを決めたジェイムズ・ウォード=プラウズ、きっかけとなるクロスを放ち同20分にトマース・ソウチェクのボレーによる2点目を呼ぶCKを奪ったジャロッド・ボーウェン、その11分後、個人技で19歳のジョージ・アーシーに1軍初ゴールをプレゼントしたモハメド・クドゥスらの相手攻撃陣に、クオリティーの違いを見せつけられた。

 それでも、ゴール裏スタンドの半分を占めたルートンの「12人目」たちは、チームへの誇りに満ちた胸を張って歌い続けた。文字通り、最後まで。自軍に辛い敗北を告げる主審の笛が鳴った後も、歩み寄ってきたピッチ上の仲間たちを称え、励まし続けていた。

 彼らの歌声をスタンドに最も近い位置で聴いていたのは、ロブ・エドワーズ監督。自身も指揮官として初のプレミアを戦う41歳は、涙を堪えきれなくなったのか、上を向いて軽く頭を振ってから身を翻してトンネルへと向かった。ロンドンスタジアムでは、ホーム観衆からも暖かい拍手が送られた。

 橋岡は、ペナルティエリアの中で両手を腰に当て、じっとアウェー陣営のスタンドを見つめていた。時折、視線を足もとに落としながら。そして、エドワーズの後に続いたチームの最後尾で試合後のピッチを去っていった。

 足取りの重さは、理解できるような気がした。残留を懸けた大一番を、ベンチのまま終えていたのだ。しかも、前節エバートン戦(1-1)から2試合連続。胸中には相当な悔しさがあったに違いない。

 そう思いながらミックスゾーンに向かっただけに、「勝ってほしいっていう気持ちだけです」という当人の言葉は、意外でもあり、やはり美しくも感じられた。

 絶対に負けられない試合でのベンチスタートを、どのような心境で迎えていたのかを尋ねられた際の返答だった。“限りある”戦力のルートンは、第34節までの約2か月間を欠場したアデバヨをはじめ、大事な後半戦に故障者が相次いでも集団としての力で善戦を続けた。その「フォア・ザ・チーム」の精神があればこその心境だと思われた。

 そもそも、試合後に話をしてくれただけでも、スタンドのウェストハム・サポーターではないが、拍手を送りたいぐらいだった。FWのカールトン・モリスも地元記者陣の取材に応じていたが、先発したモリスとは違い、橋岡は出番なし。そのうえ降格が決定的となった敗戦の直後となれば、素通りされたとしても仕方はない。一般的には、そのケースの方が多いだろう。

 にもかかわらず、チームバスへと向かう足を止めてくれた橋岡は言っていた。さすがに普段より口も重そうではあったが、試合後の気持ちも話してくれた。

「みんなプレミアでやりたいっていう気持ちはあったし、僕自身も来年1年も絶対プレミアでやるという気持ちでここに来たので、それが果たせなかったっていうのはもの凄く残念です」

ルートンの「うぶ」な一面と精神状態

 起用されなかった無念を問われても、「それでもの凄く悔しい部分もありますけど、一番はやっぱり、残留できなかった、来年につなげられなかったというのがもの凄く悔しい」と、チームとしての無念を繰り返した。

 そのチームが、痛いところで度々、「うぶ」な一面を垣間見せた感は否めない。残留争いで致命傷を負った格好のウェストハム戦は、ポイントを奪えそうで奪えなかった試合の最新例だ。

 ルートンには、後半早々の失点で試合の流れもポイントも敵に持っていかれてしまう印象がある。今季のリーグ戦37試合を振り返ってみれば、ハーフタイム明けの15分間に点を奪われた試合は「13」、その失点数は「15」を数えている。そのうち8試合が、1点差の惜敗か引き分けだ。

 橋岡も言っている。

「確かに前半は勝っていても、後半の早い段階で失点して、2失点目もまた早くしてというのがお決まりのパターンになっていますけど、そこは全員が後半始まりの時間、もっと警戒して、集中してプレーしないといけなかったというのはもちろんあります。全員が、その意識を持ってやらないといけなかった」

 一貫して攻撃志向の指揮官も、注意は促していたという。

「集中してやるというのはハーフタイム中に言っていた。アグレッシブにいくっていう部分で、後半最初は本当に気を付けようというのは言っていてもやられてしまっている部分があった。そこはチーム(が置かれた)状況、みんなプレッシャーがかかったなかなので、そこも影響しているのかなと」

 続けてやはり、プレッシャー下で実際にピッチに立っていたチームメイトたちを気遣った。

「そのプレッシャーを全員が楽しめているかと言われたら、そこは難しいところだと思う。負けたら大きな傷を負ってしまうというなかで、それぞれが大きなプレッシャーがかかったなかでのプレーだったので、そこはみんなも難しい場面、難しい精神状態だったのかなという部分と、僕自身も冬に入ってきて、最初からみんなと一緒にやっているわけではないので分からないですけど、それでも試合が(一つ一つ)終わっていくにつれて、プレッシャーが1試合1試合大きくなっていくのを肌で感じた。この前の試合もそうですけど、今日の試合も本当にとんでもないプレッシャーの中でやっていると思う。そこは難しいなというのは、僕自身、今日は出ていないですけど、外から見ていても分かりました」

橋岡を待ち受ける“プレミア級”証明の戦い

 そして最後は、チームの一員としての今後に触れた。

「ほとんど決定的とはなっていますけど、まだ最後1試合残っているので、そこはしっかり気持ちを切り替えて臨むというのと、スタメンの試合も途中からの出場も結構あって、プレミアリーグを半年間経験したなかで、もし落ちたとしてもこの経験は絶対に活かせると思う。そこからまた1年、死ぬ気でやって、またここに帰ってこられるように頑張りたい」

 ルートンが、プレミアで広く世に示した魅力の1つである「折れない心」は、残酷な現実を突きつけられた直後でも健在だ。チャンピオンシップ(2部)にUターンとなっても、強さを増して戻って来ることだろう。今季は、チャンピオンシップ王者として昇格したバーンリーよりも、2位で上がってきたシェフィールド・Uよりも、プレミア級に近かった。そのチームには、降格直後の経済的ダメージを緩和するためにトップリーグから受け取る「パラシュートペイメント」が、補強継続をも可能にする。

 橋岡には、プレミアに返り咲く資格を示さんとするルートンで、改めてプレミアでプレーする資格を証明すべき来季が待ち受けている。試合後のエドワーズは「何人かはプレミア級に見えた」と言っていたが、その指揮官の脳裏に“ハシ”も浮かんでいたとは思えない。

 ただし、筆者の頭には橋岡自身の発言が浮んできた。初先発が不本意な途中出場に終わった3日後、ホームでの第29節を出番なく終えた状況を、逆に「自分の力量を見せるチャンス」だとしていた発言だ。

 残る最終節は、ケニルワース・ロードでのフルハム戦。1万人の“大観衆”に健闘を称えられて今季を終える頃には、来るルートンで初のフルシーズンを前にポジティブ全開の橋岡がいてくれる。そう感じさせる、ビタースイートな事実上の残留争い終了だった。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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