22歳久保建英は「無理をしていい」 欧州ビッグクラブに移籍するべきか【前園真聖コラム】

去就が注目されている久保建英【写真:Getty Images】
去就が注目されている久保建英【写真:Getty Images】

ソシエダで気持ち良くプレーしている分、決断が難しい時期

 スペイン1部レアル・ソシエダの日本代表MF久保建英は、4月21日のラ・リーダ第32節ヘタフェ戦(1-1)で後半開始から出場してチャンスを作った。特に後半34分、左サイドを突破してラストパスを送ったプレーは、ナイジェリア代表FWウマル・サディクが決めていれば決勝点になる場面だった。今シーズンの久保の活躍は安定していて、市場価値はどんどん上がっており、現在は6000万ユーロ(約99億円)。イングランド1部リバプールが関心を示しているとされ、来季はどこでプレーするのか気になるところだが、果たして、久保はさらなる高みを目指して活躍の場を移したほうがいいのか。元日本代表MF前園真聖氏は、難しさを口にする。(取材・構成=森雅史)

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 今季の久保建英は、すっかりチームの中心選手としての地位を確立しています。それだけに今は一番難しい時期だと言えるでしょう。

 活躍すればするほど、市場価値が上がります。すると、サッカービジネスの場では移籍の話が持ち上がってきます。さらに多くの年俸を稼ごうとすると、ビッグクラブに行く必要が出てくるのです。

 クラブも高額の移籍金を目当てに選手を売却しようとします。もちろん2029年までの契約は残っているとされていますし、最終的には本人の意志が重要になってきますが、その中でも久保は難しい選択を迫られる時期だと思います。

 というのも、久保はレアル・ソシエダで非常にいい環境にいると思うのです。マジョルカ、ビジャレアル、ヘタフェでプレーした時のように、残留のために勝利優先でプレーするのではなく、上位を狙い、攻撃的にプレーできます。チームメイトからの信頼も高く、気持ち良くプレーできているのではないでしょうか。

 ですが、次のステップを考えると、少なくとも欧州5大リーグの中のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)に出られる、悪くともヨーロッパリーグ(EL)の出場権を持っているチームということになります。プレミアリーグならアーセナル、リバプール、マンチェスター・シティ、ブンデスリーガならバイエルン・ミュンヘンやレバークーゼンというクラスのクラブがターゲットでしょう。

今季は自身初のUEFAチャンピオンズリーグを経験【写真:ロイター】
今季は自身初のUEFAチャンピオンズリーグを経験【写真:ロイター】

一番いいのはスペイン語を話せるラ・リーガの名門レアルへの移籍

 ただ、プレーする国が変わると新しいサッカーに馴染むための時間が必要で、しかも幼少からスペインで過ごし、スペイン語を母国語のように話せるのですから、普通に考えればスペインの中、一番いいのはレアル・マドリードに移籍することだと思います。

 ただ、レアル・マドリードだと出場は保証されません。競らなければいけない相手が、ブラジル代表FWヴィニシウス・ジュニオール、ブラジル代表FWロドリゴ・ゴエス、イングランド代表MFジュード・ベリンガム、クロアチア代表MFルカ・モドリッチあたりになるでしょうし、次々に選手を補強してくるのが強豪チームです。出番を確保することすらできなくなるかもしれません。

 果たして、それが久保にとっていいのか、疑問な部分もあります。でも、1つ言えるのは「移籍を決断するのなら若いほうがリスクはない」ということです。例えばアーセナルのノルウェー代表MFマルティン・ウーデゴールは16歳でレアル・マドリードと契約したのですが、その後すぐにいくつもの期限付き移籍を繰り返しました。2021年、22歳でアーセナルに加入し、そこでやっとビッグクラブの中心選手としての地位を確立しています。

 若いうちならクラブと合わなくても、次が探しやすいのです。だから無理をしていいかもしれません。久保の考え方次第になるとは思いますが、ここでレアル・マドリードに行き、ルカ・モドリッチからポジションを奪ってさらに市場価値を上げ、そこからプレミアリーグを目指すというような夢は持てるのではないかと思います。

 そしてこう考えると、30歳という失敗が許されない年齢になって、ドイツからイングランドへと活躍の場を移し、そこでレギュラーの座を奪い取った遠藤航の凄さが目立ちます。そして日本人でもそこまでやれるという、いいお手本になっているのです。久保は遠藤と同じように、トップ・オブ・トップのチームで活躍ができるかもしれません。ますますヨーロッパでの日本選手の躍進が楽しみです。

(前園真聖 / Maezono Masakiyo)



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前園真聖

まえぞの・まさきよ/1973年生まれ、鹿児島県出身。92年に鹿児島実業高校からJリーグ・横浜フリューゲルスに入団。96年のアトランタ五輪では、ブラジルを破る「マイアミの奇跡」などをチームのキャプテンとして演出した。その後、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)、湘南ベルマーレの国内クラブに加え、ブラジルのサントスFCとゴイアスEC、韓国の安養LGチータースと仁川ユナイテッドの海外クラブでもプレーし、2005年5月19日に現役引退を表明。セカンドキャリアでは解説者としてメディアなどで活動しながら、「ZONOサッカースクール」を主催し、普及活動を行う。09年にはラモス瑠偉監督率いるビーチサッカー日本代表に招集されて現役復帰。同年11月に開催されたUAEドバイでのワールドカップ(W杯)において、チームのベスト8に貢献した。

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