好調アーセナルは「ひ弱」じゃない “柔”“剛”を併せ持つ強いチームの現在地【現地発コラム】

スコア以上の圧勝を収めたニューカッスル戦【写真:ロイター】
スコア以上の圧勝を収めたニューカッスル戦【写真:ロイター】

スコア以上の圧勝を収めたニューカッスル戦

 アーセナルのサッカーには、アーセン・ベンゲル監督時代(1996~2018年)から「流麗」という言葉が用いられてきた。選手個々の高度なテクニックとセンスが生かされる攻撃的スタイルは、目に優しいうえに見応えがある。だが反面、「ひ弱」と見られることもあった。

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 昨季に続いてプレミアリーグ優勝を争う、ミケル・アルテタ体制5年目の今季も例外ではない。例えば、2月21日にアウェーでのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)16強第1レグでポルトに負けた(0-1)直後。プレミアでは5連勝中だった。しかし国内には、中2日でホームにニューカッスルを迎える第26節で連敗となれば、タイトルレース終盤を戦い抜くには「やわ過ぎる」と言われそうな空気が漂っていた。

 実際の結果は、大勝(4-1)。3点差のスコアよりもはるかに一方的な圧勝だった。2-0で終えた前半などは、今季CL出場組(グループステージ敗退)のニューカッスルが下部リーグ勢のように見えた。アタッキングサードでのパス本数は「122対9」、相手ボックス内でのタッチ数は「34対1」となれば、敵が1本もシュートを打てずに45分間を終えても当然だ。

 ニューカッスルのエディ・ハウ監督は、前線からの果敢なプレッシングを前提としてチームに要求する。だがこの日は、プレスを繰り出すこともままならないほどの劣勢を強いられた。そこには、エミレーツ・スタジアムの観衆に感嘆の声を上げさせる「柔」と、ニューカッスルの面々に呻き声を上げさせそうな「剛」を併せ持つ、アーセナルの姿があった。

 巧さと賢さは相変わらずだ。3トップ中央で先発したカイ・ハフェルツは、オフ・ザ・ボールで本職のCFも顔負けのランを見せる。前半24分にチーム2点目を決めた場面では、完璧なタイミングでボックス内に現れ、左サイドのガブリエウ・マルティネッリがダイアゴナルランから送った折り返しに合わせた。

 後半20分の3点目を決めたのは、右サイドのブカヨ・サカ。ゴール左下隅に飛び込んだシュートは、利き足にボールを移して左足で打ってくると相手DFも分かっていたはず。それでも防げないクオリティがあった。FW陣を操る右インサイドハーフのマルティン・ウーデゴールは、「スルーパス・キング」と呼べる。直接的には得点に絡んでいないこの一戦でも、マン・オブ・ザ・マッチに選ぶ国内紙があるだけのパスワークの妙を見せた。

アーセナルの圧を受け続け意気消沈したギマランイス

 個人的なマン・オブ・ザ・マッチは、同じ3センターの一員ジョルジーニョだった。言うなれば「浮き玉キング」。前半18分に相手CBスベン・ボトマンのオウンゴールで得た先制点を呼んだコーナーキック(CK)も、マルティネッリによる2点目のアシストも、ジョルジーニョがデリケートに届けたライン越しのパスの産物にほかならない。

 この日のジョルジーニョはアンカー役。先発起用時に任されることが多い左インサイドハーフには、中盤の底を定位置とするデクラン・ライスが回っていた。今季新戦力のライスは、強度のみならず走力でもジョルジーニョに勝る。だが、アーセナルの後方が弱体化していたわけではない。

「うしろ盾」がいるのだ。それは、ハイラインでジョルジーニョ背後のスペースを狭められるだけの機動力と対人守備での強さが共存するセンターバック(CB)コンビ。ガブリエウとウィリアン・サリバは、ニューカッスルがアレクサンデル・イサクに当ててカウンターを試みても、空陸の双方で敵の1トップに勝ち続けた。特にガブリエウには、力でねじ伏せる場面も何度か見られた。

 対照的にニューカッスルの中盤最深部では、ブルーノ・ギマランイスが散々な目に遭っている。妙な表現だが、アーセナルの守備が強烈に攻撃的だったためだ。ギマランイスは、寄ってたかっていじめられているようにさえ思えた。前回対決での借りを返す意識があったのかもしれない。

 今季リーグ戦初黒星を喫した第11節(0-1)、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が輪を掛けた疑惑のゴールでニューカッスルに軍配が上がったアウェーゲームでは、ギマランイスのラフプレーが見逃されてもいた。後頭部に肘打ちを食らったのは、ジョルジーニョだった。

 アーセナルは、“リターンマッチ”でギマランイスに照準を絞っていた。相手GKとCBには、中央レーン以外のパスコースを与えようとせず。つまり、ギマランイスへのパスを誘った。敵がアンカーにボールを預けようとした瞬間、複数で襲いかかろうとする。素早く、かつ力強く迫り寄っていたライスを中心に、ギマランイスを消し、時には物理的に潰した。

 間接的な犠牲者の最たる例として、ボトマンがいる。唯一の受け手に出そうとした瞬間にギマランイスも塞がれてフィードを迷ったところを、前半3分から、最前線でプレッシングをリードするハフェルツに狙われて失点を招きかけた。最終的には、後半にサカがネットを揺らすきっかけとなるインターセプトの餌食。身体こそ大きいが、狼の前で無力な羊も同然だった。

 アーセナルは、前半の主戦場だったアタッキングサードで、奪いも奪ったりのポゼッション奪回11度。その圧をニューカッスルの誰よりも受けていたギマランイスは、ハーフタイムの時点で意気消沈の様子。チームの士気阻喪を体現していたとも言える。

情け容赦のないアーセナルのCK

 ギマランイスには、ライスのプレッシャーに屈してCKを与え、異常に悔しがる姿も見られた。無理もない。アーセナルのCKは、プレッシングと同様に情け容赦のなさを感じさせた。今季のリーグ戦26試合で平均7.6本という頻度がプレミア最高なら、結果的な計13得点も20チーム中で最多。言わば、「CKキング」なのだ。

 試合後の会見で、2問目にコーチングスタッフへの「ボーナス支給」を尋ねられる監督も珍しい。ニューカッスル戦後のアルテタは、「それはオーナーとエドゥ(SD)に訊いてもらったほうがいい」と言って笑っていたが、3年前からセットプレーコーチのニコラス・ジョバーは、舞台裏の戦力として影響力を増す一方だ。高さのあるハフェルツとライスが加わり、後者はキッカーとしても頼りになる今季、アーセナルのCKは威力を増している。

 この日の相手GKは、ロリス・カリウス。今季初出場で、プレミアでの先発はリバプール時代の2017-18シーズン最終節以来になるバックアッパーが立つニューカッスルのゴールマウスに、アーセナルは試合開始20秒のCK1本目から、ライスがスピードの乗ったクロスを放り込んで揺さぶりをかけた。

 手短に言えば、敵がゾーンで守るニアサイドへとファーサイドから複数名がマークを引き付けて走り、ファーサイドに生まれたスペースをつく。ただし、ニアポストでCKを待つ相手DFの死角をついて走り込むアーセナルの2、3名には、ニアで合わせて自ら狙うか、ファーサイドに走り込む味方へとヘディングで流すかの選択肢もあり、ニューカッスルはうろたえていた。

 敵をふらつかせるパンチの如きCKは、“3発目”でオウンゴールを誘って先制点をもたらした。後半24分には、ファーサイドをつく担当がマルティネッリからレアンドロ・トロサールに変わっていても、執拗に実行されるCKパターンの効き目は変わらず。冨安健洋を含むレギュラーの故障で左SBを務めるヤクブ・キビオルがニアで合わせ、チーム4点目を記録した。

 マルティネッリとトロサールの交代は、その5分前。アーセナルのインテンシティが前半ほどではなくなっていた時間帯のベンチワークだった。アルテタは、リフレッシュ策を講じる少し前から、サカのパスが強過ぎても頭上で両手を叩いて承認と激励の拍手を送り、キビオルに対しては、逆サイドのベン・ホワイトとサカのように、マルティネッリとの積極的な縦の連携を促しているように見受けられた。チームが、非情なまでに敵を攻め続けるわけだ。

 その成果として、計25得点3失点でのリーグ戦6連勝がある。終わってみれば、CLで敗れた直後の圧勝でメンタルの強さをも示す格好となった。第26節終了時点でのリーグ順位は、リバプールとシティに次ぐ3位だが、チームとしての勢いでは、連勝の中に第23節リバプール戦(3-1)も含まれるアーセナルがトップだろう。もはや「ひ弱」とは言わせず、「外柔内剛」どころか、“外柔外剛”でもあるアーセナルが。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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