オランダ挑戦の小川航基、背中を押した中村俊輔の言葉とは?「アドバイスをもらった」 初の海外で思い描くFWの成長曲線「日本と違う」【インタビュー】

NECに移籍した小川航基【写真:Getty Images】
NECに移籍した小川航基【写真:Getty Images】

今夏にオランダ1部NECへ初の海外移籍を果たした

 近年Jリーグから欧州クラブへ活躍の場を求める日本人タレントはあとを絶たない。「FOOTBALL ZONE」ではその顔ぶれを今一度おさらいすべく「NEXT欧州組」特集を展開する。今回は、今夏に国内からオランダ1部NECナイメヘンへ挑戦を決めたFW小川航基にインタビューを実施。新シーズンへ向けて奮闘している姿を追った。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞)

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「わくわくしているというか、常に楽しい。気持ちが先走っていて、そういった感じで楽しくやれているので、心的にすごく充実している」

 今夏、横浜FCからオランダへの挑戦を決意した25歳の小川。昨季はJ2リーグ41試合に出場して26ゴールをマーク。得点王を獲得し、J1への昇格に大きく貢献した。今季は6ゴールを記録して初の海外移籍へと踏み切った。

 7月1日のJ1リーグ第19節ガンバ大阪戦(0-0)を最後にチームの活動から離れ、渡欧。同8日にはプレシーズン初めての練習試合に出場して、小川もいきなりハットトリックを達成した。8月13日にエールディビジ開幕戦エクセルシオール戦を迎えるなかで、チームにフィットしようと試行錯誤している。

「チームがやりたいことも結構はっきりしているので、難しさみたいなのは戦術的なところで感じてはいない。言葉はちょっと難しいところありますけど、楽しく吸収しながら、このサッカーに慣れて、自分にない部分を成長していけるんじゃないかと思っている」

 オランダ語には苦戦しているものの、ジェスチャーや簡単な英語でしっかりとチームメイトとも積極的なコミュニケーションを図っている。「自分が言いたいことは伝わっていると思う」と話し、最前線でゴールゲッターを務めるにあたって、仲間の特徴も理解するように努めている。

「言葉じゃなくてタイミングとか、『この選手はパス出せる選手だな』と思ったら、しっかりと自分がいい動き出しをする。やっぱりFWは動きが見えるというところがあると思うので。言葉を交わさなくても、しっかりと試合中に阿吽の呼吸を見せていくことが必要だと思っている。僕が決めれば、そこは問題ないかなと思っていますね」

 Jリーグで育った小川にとって、初の海外挑戦。早速、新たな発見もあった。

「サッカーが全然違う戸惑いは多少ある。(周りの選手は)能力が高いので、カバーできるんだろうなと思うけど、日本だったら一気にやられているだろうなと感じるところもある。横パスがほぼない感じで、縦、縦という。でも行ったり来たりというサッカーで、FWとしてはチャンス数の機会は多いと思う。あとは走れないといけない。そういう日本との違いは感じた」

 ハードな練習もこなしている。欧州はシーズン開幕前でキャンプしていたこともあり、短距離のダッシュを繰り返したり、下半身への疲労も感じた。ただ、その厳しいトレーニングは必ずリーグ戦を戦ううえで力になってくると自信を持つ。

「フィジカルは必要だと思うけど、やっていけば自分の身体が順応していって試合中にも足が伸びてくると思う。あとは芝が少し長くて粘土質なところがあるので、鍛えていかないと」

 その先にはストライカーとしての伸びしろを感じている。だからこそ、決断し、海を渡って挑戦することに決めた。

「縦に速いサッカーをしているなかでセンターバック(CB)はやっぱり潰しに来る。そこでやりがいも感じているし、そのプレッシャーに対してボールをキープしていくのか。身体で対抗するのか、タイミングで対抗するのか。そういうところを逆手にとって、ゴールを決められるようになったらすごく成長できると思う。そういう実感がある。自分はパワーやスピードで何とかしよう、というタイプではない。相手の目線が外れた時に動き出す、とかで勝負している。これをやり続ければ」

何度も壁を乗り越えて掴んだ舞台 背中を押したレジェンドの言葉

 ずっと目標にしてきた海外移籍。今回、挑戦のチャンスが舞い込んできたときに相談したのは元日本代表のレジェンドで横浜FCのコーチ、中村俊輔氏だった。

「行った方がいいよ、と。あと言葉を話せないと使わない監督もいるから、とアドバイスをもらった。でも最後は自分自身だからと言われて。僕はもう早く海外に行きたかったし、25歳というところでこの夏がラストチャンスだと言っても過言ではない年齢。自分がサッカー人生において、どうしたいのかというところを具体的にいろいろ考えて、最終的には感覚でオランダ行きを決めました」

 日本を後にする時、横浜FCでの退団セレモニー。小川は「次に日本に帰ってくる時は、必ず日の丸を背負って帰ってきます」「次のW杯で点を取るのは僕です」と宣言した。自分の思いをしっかりと口に出し、あの場で話すことに決めたのはなぜだったのか。

「有言実行だと思ってもらいたかったし、セレモニーの中で自分を表現する、自分の思っていることもしっかりとみんなに理解してもらうのは大事だと思った」

 これまで何度も壁にぶち当たってきた。MF堂安律やMF久保建英らとともに臨んだU-20ワールドカップ(W杯)では負傷離脱し、東京五輪前にも怪我が重なったこともあり本大会のメンバーから外れた。そのたびに自身を奮い立たせてきた。

「うまくいかないときもあるけど、悩んでいる時間は本当に無駄。僕自身、試合に出られなかったり、大きい怪我をしたり、代表に呼ばれなくなったり、そういうことを多く経験してきた。でも今やるべきことをコツコツやっていけば近い目標から達成できる。それはジュビロ(磐田)の時のキーパー、(八田)直樹さんの姿を見ていてすごく思った。サブだったとしても、自分のやるべきことをやっていてチャンスをもらった時に結果を出せる。こういうことだと背中を見ていて思った」

 退団セレモニーでも宣言したとおり、A代表の常連になることが今後の目標。森保一監督率いる日本代表は1トップが課題でもある。オランダで成長を遂げた小川の存在は間違いなく森保ジャパンでもプラスになる。

「森保監督は1トップに起点を作ってもらいたいんだろうな、というところは感じる。なかなか大迫(勇也)選手みたいなタイプは出てこないと思うけど、起点を作るというところでは僕も適しているんじゃないかなと思う。そこを自分でも強化して、ゴール前でしっかり得点できるように。そこは僕が担っていければいいと思っている」

 これから海外で武器を磨き、さらに強固なものにしていく覚悟。日本にとってその力が必要になるときが必ず来るだろう。

[プロフィール]
小川航基(おがわ・こうき)/1997年8月8日生まれ、神奈川県横浜市出身。高校サッカーの名門・桐光学園に入学し、全国選手権では大会ナンバーワンFWとして注目。2016年にジュビロ磐田に入団し、翌17年にはリーグデビューを飾るも左膝の前十字じん帯断裂および半月板損傷の怪我を負い、U-20W杯に向けての同日本代表から離脱。19年途中には水戸ホーリーホックへ移籍し、翌20年に磐田へ復帰。22年から横浜FCでプレーしており、今夏オランダ移籍を決断した。日本代表としては19年12月のE-1選手権に選出され、A代表デビュー戦でハットトリックを達成した。

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