「本当に完敗だと思う」 三笘薫を封殺したユナイテッドDF、背景にあったテン・ハフ采配の妙【現地発コラム】

ブライトンの三笘薫【写真:ロイター】
ブライトンの三笘薫【写真:ロイター】

あらゆるアタッカーにとって“厄介な存在”のワン=ビサカ

「He is a pain in the arse for every single forward」

 岡崎慎司を追ってレスター・シティを取材していた2018年12月15日、対戦相手だったクリスタル・パレスのある年配サポーターは当時21歳になったばかりのアーロン・ワン=ビサカをこう賞賛した。

「pain in the arse」を直訳すると、「ケツの中の痛み」だが、要は臀部の痛みのように“厄介な存在”であるということ。実際にワン=ビサカはレスター戦で、相手左サイドからの攻撃をことごとく制圧していた。

 ワン=ビサカは2018-19シーズン、プレミアリーグのディフェンダーとして奇しくもクリアとタックル成功をそれぞれ129回ずつ達成した。これは同シーズンのリーグ最高記録。しかも、タックルの成功率はなんと94%で、84回も相手のパスをインターセプトして攻撃の起点になっている。

 そんなワン=ビサカは2019年夏、プレミア屈指の守備的ディフェンダーという評価を引っ提げてマンチェスター・ユナイテッドに移籍。あのサポーターは嘆いただろうが、ワン=ビサカはDFとしては破格と言える移籍金5000万ポンド(約86億円)をクリスタル・パレスにもたらした。

 しかしその後、クリスタル・パレスでリーグトップの数字を叩き出したサイドバック(SB)は監督がコロコロ変わるユナイテッドで定位置を掴めず。現代型SBに求められる「攻撃力」が不足しているという評価を下され、昨季途中からポルトガル代表DFディオゴ・ダロトにレギュラーを奪われ、エリック・テン・ハフ監督が新たにユナイテッド指揮官に就任した今季も厳しい立場は変わらなかった。

 ところが、そんな不遇を送っていたワン=ビサカは現地時間4月23日のFAカップ(杯)準決勝に先発すると、本来の守備力を遺憾なく発揮。日本代表MF三笘薫を120分間にわたって厳しくマークして沈黙させてしまった。その光景に、まるで自分の息子を自慢げに讃えたかのような年配サポーターの言葉を思い出さずにはいられなかったのである。

マンUのアーロン・ワン=ビサカ【写真:Getty Images】
マンUのアーロン・ワン=ビサカ【写真:Getty Images】

EL敗退が伏線になった“持久戦”採用とワン=ビサカの右SB起用

 三笘本人もこの試合で対峙したユナイテッド右SBについてこう語り、潔く負けを認めている。

「対人が強いのでそこは僕も考えながらやっていましたが、最後のところで足が伸びてきて、防がれるシーンが多かった。本当に完敗だと思う」

 ただし、三笘とワン=ビサカの戦いに関しては、ユナイテッドDFにとってある意味で有利な状況が生まれていたと言っていいだろう。

 その伏線となったのが、UEFAヨーロッパリーグ(EL)からの敗退決定。ユナイテッドは現地時間4月20日にEL準々決勝第2戦をアウェーでスペイン1部セビージャと戦い、0-3で落としている(2戦合計スコア2-5)。

 それからわずか中2日での迎えたブライトンとのFAカップ準決勝。ユナイテッドを率いるテン・ハフ監督には国内と併せて“カップ戦2連敗”をしていられる余裕などなかったのだろう。疲れが残るチームの体力的な消耗を避けるべく、攻撃的サッカーを伝統とするユナイテッドとしては珍しく“ドン引き”と言っていいほど、ウェンブリーのピッチに送り出したチームに規律の高い守備を徹底させて、持久戦に持ち込んだ。

 フットボールの聖地を埋めた8万1445人の大観衆の中でも、特に攻撃陣が好調なブライトンのサポーターは手に汗握るゴール合戦を期待したことだろう。しかしオランダ人指揮官は観衆にスリリングな準決勝を提供するより、守ってカウンターという心身ともに消耗したチームでも勝てる可能性の高い戦術を選んだ。

 そのメッセージが最も明確に表れていたのが、ダロトを左サイドに動かして右サイドにワン=ビサカを据えた起用だろう。守備力ならプレミア随一と評価されたワン=ビサカは、「この試合はまず守り抜く」という監督の意思表示に見事に応えた。

 試合は結局、延長戦を含めて120分間スコアレスのままPK戦に突入。7人目のソリー・マーチが外したブライトンに対し、ユナイテッドはPKスポットに立った全員がゴールネットを揺らして、地元ライバルのマンチェスター・シティが待ち構える決勝へと駒を進めた。

「決め切るチャンスがあったなかで、反省するところはすごく多い」

 とはいえ、戦術だけがユナイテッド勝利の要因ではない。1983年以来のFAカップ決勝を目指したブライトンは60%以上ものボール保持率を記録しながらも、ファイナルサードでのプレースピードが切り替わらず、準決勝という舞台で固さが見えた。対してユナイテッドは、現地時間2月26日に行われたリーグカップ決勝も同じウェンブリーで戦い、古豪ニューカッスルを2-0で退けている。満員の観衆が見守る大舞台での経験値に限れば、やはりユナイテッドに分があっただろう。

 疲れていながらも監督の戦術を見事に実践し大舞台に慣れたイレブンで勝利を掴んだユナイテッドと、緊張から解放されず鮮やかな攻撃を再現できなかったブライトン。そんなコントラストを、三笘は後悔とともにこう振り返る。

「こういう試合をやってはいけないと思いながら、僕自身もなかなか最後のところで力を出せなかった。チームとしてはボールを握りながら、比較的上手くやってはいましたけど、決め切るチャンスがあったなかで、僕自身も反省するところはすごく多い。ただ最初に失点してしまうと考えると、やっぱり難しいところがありました」

 そしてカタール・ワールドカップ(W杯)に続く、“PK戦での敗退”にも感じることがあったようだ。

「ブライトンのサポーターの声が大きくて……(勝ってほしいという気持ちを)すごく感じてました。ここで勝てないというのは本当に申し訳ないという気持ちがあります。やっぱり強くないと。勝負事なんで仕方ないですけど、決勝まで行きたかった」

 とはいえ、この大舞台で守備においてプレミア屈指のワン=ビサカと対戦したことは、将来的に日本のエースとなるべき三笘にとってかけがえのない経験になったはずだ。

「前を向いて、しっかりリカバリーして、しっかりと切り替えて、いいパフォーマンスが出せるように集中したいと思います」

 三笘は最後にこう語った。この言葉の通り、ウェンブリーでの傷心をしっかりと乗り越えてもらいたい。そして残るリーグ戦に全力を尽くし、プレミアデビューシーズンの今季を有終の美で飾ってもらいたいものだ。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)



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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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