元ブラジル代表MFとJリーグの6年半 今も忘れないフリューゲルスでの「人生を賭けた戦い」

横浜フリューゲルスで活躍をしたMFセザール・サンパイオ【写真:Getty Images】
横浜フリューゲルスで活躍をしたMFセザール・サンパイオ【写真:Getty Images】

【あのブラジル人元Jリーガーは今?】セザール・サンパイオ(元横浜F、柏、広島):後編――異国の地への適応に苦戦、選手の判別まで「半年かかった(笑)」

 Jリーグが開幕して間もない1995年、MFセザール・サンパイオ、MFジーニョ、FWエバイールというパルメイラスの3大スターが、一挙に横浜フリューゲルスに移籍してきたことは、大きな話題となった。なかでもサンパイオは、クラブ消滅の日までチームメートたちと戦い続け、さらに柏レイソル、サンフレッチェ広島を含む3つのクラブで、日本との絆や使命を感じながら過ごした。

 日本サッカーの成長に重要な役割を果たしたサンパイオ。ただし、フリューゲルスでの1年目については、半ば冗談のようにこう切り出した。

「最初は適応するのが大変だったよ。日本サッカーのスタイル、寒さ、雪、食べ物、チーム、コミュニケーション……。日本人はみんな同じ顔に見えたから、誰が誰だか分からなくて、自然に名前を呼べるようになるまで、半年かかった(笑)」

 彼が加入した最初の年、チームはJリーグ14チーム中13位と苦戦。それが2年目には16チーム中3位と、大躍進することになる。

「戦力は十分あった。ヤマ(山口素弘)、ミウラ(三浦淳寛)、マエダ(前田治)のような日本代表選手たちがいて、そこに、僕らブラジル代表選手が入ったんだ。ただ、監督のキムラ(木村文治)さんは日本人で、アシスタントコーチはドイツ人のゲルト(・エンゲルス)、助っ人はブラジル人という具合で、1年目はみんなにとって経験のシーズンになった。2年目は僕らブラジル人も適応していたし、日本語もある程度理解できるようになっていた。文化にも馴染み、何よりチームや日本をすごく好きになっていた。そういうことも、全体のレベルアップにつながったんだ」

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