「なんて凄い人たちなんだ!」 世界一決定戦のベンチで日本人が目撃、南米名将の懐の深さ

2000年のトヨタカップ(現クラブW杯)を制したボカ・ジュニオルスの面々【写真:Getty Images】
2000年のトヨタカップ(現クラブW杯)を制したボカ・ジュニオルスの面々【写真:Getty Images】

【亘崇詞の“アルゼンチン流”サッカー論|第1回】トヨタカップでボカに帯同、名将ビアンチの凄さを目撃

 2000年11月28日、亘崇詞は東京・国立競技場でクラブチーム世界一を懸けて戦うボカ・ジュニオルスのベンチに入っていた。ボカを指揮するのは、6年前にベレス・サルスフィエルドを指揮して世界一の経験を持つ名将カルロス・ビアンチ。対戦相手は、欧州王者のレアル・マドリードだった。

 当時クラブチームの世界一は、欧州と南米のチャンピオンが中立地の日本で対戦して決められていた。試合は大方の予想に反して、ボカが2-1でリードしたまま終盤を迎える。

 もうすぐ世界一に手が届く――。そんな究極の痺れる状況で、ビアンチ監督はアシスタントコーチのカルロス・イスチアと何やら真剣に話し込んでいた。当然亘も、目の前の戦況を見ながら、どう勝ち切るかについて意見を交わしているのだと思っていた。だがしっかりと聞き耳を立ててみると、テーマはまるで違った。

「おい、ニコをどうする?」

 彼らが口角泡を飛ばしていたのは、次世代を担う当時20歳の有望株を、ここで使うかどうかについてだった。

「なんて凄い人たちなんだ!」

 亘は驚嘆した。世界一が決まる瀬戸際で、彼らは目の前の大勝負だけではなく育成、あるいはチームの未来像をしっかりと視野に入れていたのだ。

 この一戦を終えれば、リケルメ、パレルモ、コルドバ、バロスケロット、ベルムーデス、バタグリアらボカの中心選手たちは、軒並み欧州へ移籍していく可能性があった。だからビアンチとイスチアは、将来を嘱望されるニコラス・ブルディッソに、どうしてもこの舞台を経験させておきたかった。

 しかし、いくらリードをしていても相手はレアルだ。大舞台を踏ませようという親心が、逆に致命的な傷に繋がるリスクもある。だから議論は沸騰した。結局2人が下した結論は、本来センターバック(CB)のブルディッソをボランチで使うことだった。ボランチなら最後尾よりは、大きな傷を負うリスクが少ないからだった。

 ブルディッソは、こんな状況で自分に出番が来るとは思わず、破れたスパイクでウォームアップをしていた。だがベンチから指令が出たので、慌てて準備を整えピッチに飛び出していくのだった。

 その後のブルディッソはインテルやローマで活躍し、アルゼンチン代表として2度のワールドカップでプレーするスター選手へと成長していった。

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加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近東京五輪からプラチナ世代まで約半世紀の歴史群像劇49編を収めた『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』(カンゼン)を上梓。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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