15歳から日の丸をつける澤が迎えた最後のW杯 誰もが追い掛けたその背中

栄光の舞台

 その中でも、ひときわ際立つのが、やはり2011年のドイツ大会での活躍だ。それまでは百戦錬磨の澤を擁していたとはいえ、日本と世界との間にはまだ少なくない実力差が存在していた。この大会を迎える前まで、国際大会では北京五輪での4位が最高成績。W杯ではベスト8に1度進出したのみで、アジアカップの優勝経験すらなかった(2010年のアジア競技大会では優勝)。
 
 その日本が世界一への挑戦権を初めて得た試合の相手は、その後、三度もタイトルを懸けてしのぎを削り合うことになるアメリカだった。下馬評ではワンバックをはじめ、GKホープ・ソロ、FWアレックス・モーガンらタレントぞろいの強豪国が圧倒的に有利と見られていた

 しかし、日本は、いまや代名詞ともいえる華麗なポゼッションサッカーを武器に、決勝まで勝ち上がってきた実力を存分に見せつける。アメリカ戦は後半に若きエースのモーガンに先制されるも、MF宮間あやのゴールで同点に追いつき、延長戦へと突入する。手に汗握る展開の中、104分にワンバックに勝ち越しゴールを決められて万事休すかに思われた。
 
 ここで、チームに流れを呼び戻したのは、チームの精神的支柱である澤だった。左からのCKでニアサイドに走り込むと、右足のヒールキックで合わせる高等テクニックでアメリカゴールを破った。このとき、時間は117分。試合終了間近の奇跡的な一撃で2-2と追いついた日本は、その後のPK戦を制し、史上初の栄冠を手にしている。また、この年、澤はFIF Aバロンドールを手にし、名実ともに世界のトップ選手となった。
「苦しい時は私の背中を見なさい」
 4位に入った08年の北京五輪で、宮間らチームメートに向けて、澤はこのような言葉でチームを鼓舞したという。ドイツ大会で主将を担った澤は、まさにその言葉どおりプレーでチームをけん引し続けた。

 

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