松木玖生「犠牲になってでも」 五輪選外、欧州苦戦→A代表入り…恩師に見せたい姿は「全部ですね」

青森山田高で黒田剛監督の指導を受けた松木玖生【写真:SportsPressJP/アフロ】
青森山田高で黒田剛監督の指導を受けた松木玖生【写真:SportsPressJP/アフロ】

町田・黒田剛監督がNZ戦にゲスト解説として来場予定

 今シリーズで日本代表に初招集され、ウルグアイ代表との初戦で衝撃的な初ゴールを決めたMF松木玖生(サウサンプトン)が、今日5日のニュージーランド代表戦へ向けて静かに燃えている。会場のMUFGスタジアムには青森山田高校時代の監督で、現在はFC町田ゼルビアを率いる黒田剛氏がDAZNのゲスト解説として来場予定。渡欧から2年あまりの時間をかけて成長し、A代表にたどり着いた姿を恩師の目の前で披露する。(取材・文=藤江直人)

 恩師の目の前でプレーするのは、いつ以来だろうか。少なくとも松木玖生が青森山田高校を卒業して、FC東京でプロになった2022シーズン以降では、練習試合以外で黒田剛監督との接点がなかなか見つからない。

 黒田監督が青森山田高校からFC町田ゼルビアへ、異例の転身を遂げて2年目の2024シーズン。J1へ昇格した町田とFC東京は、4月21日に味の素スタジアムで行われたJ1リーグ第9節で顔を合わせている。

 しかし、町田が2-1で競り勝って首位に浮上した一戦に松木は出場していない。U-23日本代表の一員としてAFC・U-23アジアカップに臨み、激戦の末に優勝とパリ五輪出場権を獲得していたからだ。

 同年7月にプレミアリーグのサウサンプトンへ完全移籍し、就労ビザ取得の関係でトルコのギョズテペへ期限付き移籍した松木は、戦いの舞台を日本からヨーロッパへ変えて3シーズン目を迎えている。

 そして今年9月に入って、松木を取り巻く状況が大きく変わった。

第3次森保ジャパンで日本代表に初招集されると、ウルグアイ代表との今シリーズ初戦で右ウイングバックとして先発。前半11分に右サイドからカットインして、利き足の左足で衝撃的な代表初ゴールを決めた。

 続くベネズエラ代表との第2戦はベンチから外れ、エクアドル代表とのキリンカップ準決勝ではリザーブで勝利を見届けた松木は、今シリーズ最終戦のニュージーランド代表との決勝で3試合ぶりの出場を狙う。

 この一戦をライブ配信するスポーツチャンネル「DAZN」のゲスト解説として、町田の黒田監督が来場する。歴代有数の教え子が日の丸を背負う姿を、同監督も「プレーを見たいですね」と楽しみにしているという。

 松木自身も高校時代の恩師の目の前で晴れ姿を見せたい。それでもと、苦笑しながらこう語っている。

「まあ、それは自分では決められないなので。もちろん試合に出たときにはもっと自分をアピールして、最大限のプレーができれば(黒田)監督にもいい報告ができると思うので。頑張っていきます」

 高校時代の黒田監督の存在を抜きにして、いまの松木は語れない。入学間もない1年生の松木に次世代エースの証となる背番号7を託した指揮官は教え子の一人、柴崎岳の名前を挙げてこんな言葉を残している。

「柴崎が1年生のときよりも、肝が据わっている」

 2年生から背番号10を拝命した松木は、3年生ではキャプテンに就任。チームをインターハイ、高円宮杯JFA U-18サッカープレミアリーグEAST、そして全国高校サッカー選手権の三冠獲得へ導いた。

「まるで監督やコーチのように、さまざまな局面でチームに対して厳しい言葉をかけていた。たとえそこにストレスが生じようとも、あるいは嫌われようとも、チームが勝つために犠牲心を持ってやってくれた。注目されるなかでもチームプレーに徹し、決して『自分が、自分が』とならないように自分をコントロールしていた」

 松木が放つ唯一無二の存在感に黒田監督が目を細めれば、松木も自身の変化をこう振り返っていた。

「1年生のときは自由にやらせてもらって、2年生になると個で勝負したい、という気持ちが芽生えてきた。そのなかで3年生になると、自分が犠牲になってでもチームを勝たせたい、という気持ちが膨らんできました」

 FC東京で3年目の2024シーズン。21歳の若さでキャプテンに就任するなど、高校時代からの右肩上がりの軌跡そのままに成長を続けた松木は、出場権獲得に貢献したパリ五輪のメンバーに選ばれなかった。

 日本サッカー協会(JFA)の山本昌邦ナショナルチームダイレクターは、主力だった松木の選外に「移籍の可能性があり、パリ五輪の期間中に確実に招集できる、という確約が得られなかった」と説明している。

 松木自身もパリ五輪へ出られない状況を覚悟のうえで海を渡った。当時はこんな言葉を残している。

「若い選手が海外へ移籍するケースが年々増えているなかで、自分の場合はもう若いとは見られない年齢にもなってきた。その意味でこういったチャンスをもらえたからには、これをしっかり掴んでいきたい」

 このときから目標の1つにA代表入りが加わった。しかしギョズテペでプレーした2024-25シーズンも、サウサンプトンへ復帰した昨シーズンも、JFAからいっこうに招集レターが届かなかった。

 ようやく目標をかなえた今シリーズ。たどり着いた、という感覚なのかと問われた松木はこう答えた。

「ここまでの道筋を含めて、自分はほかの選手にはないような経験をしてきた。それがいまの自分の強みになっているというか、反骨心のようなものが自分をもっと強くしたというか。そういう気持ちはありますね」

 反骨心をもっともたぎらせ、成長へと変えた時期はいつだったのか。松木は「サウサンプトンで試合に出られなかった時期ですね」と即答する。EFLチャンピオンシップへ降格していたサウサンプトンで、松木は昨シーズンの前半戦でピッチに立つどころか、ベンチ入りメンバーのなかにも入れない日々が続いた。

 一転して監督交代を機に信頼を獲得し、今年に入ってコンバートされた中盤の右サイドで新境地を開拓。引き続きEFLチャンピオンシップの舞台でプレータイムをさらに伸ばしてきた先に、A代表入りが待っていた。

 代表合流後に森保監督に対して「いまは右サイドが自分の主戦場であり、そこでのプレーが一番慣れている」と伝えた松木は右ウイングバックでの先発を勝ち取った。この先に待つ展開を次のように語っている。

「サウサンプトンでずっと試合に出て、アピールしてきたなかでこのような舞台が待っている。なので、もっともっと個人で突き抜けていきたい。ピッチに立てばもちろん自分に対して一番自信があるし、ほかの選手たちにはない闘争心や試合に負けたくない気持ちもあるので、そこは次に出たときに見せていきたい」

 ニュージーランド戦が行われる聖地MUFGスタジアムは、高校時代の最後に全国高校サッカー選手権を制覇し、日本を飛び立つ前のラストゲームとなった2024年7月13日のアルビレックス新潟戦の舞台にもなった。

 さらに同シーズンの松木はMUFGスタジアムで3戦3勝、個人では1ゴール2アシストの数字を残している。縁深いピッチに立ったときに一番見せたいのは何か。こう問われた松木は「全部ですね」と即答した。いまもたぎらせる反骨心を含めて、黒田監督の眼前で成長した姿を見せられる瞬間を松木は静かに待っている。

(藤江直人 / Naoto Fujie)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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