歴史を一変させた鈴木彩艶「想像もしなかった」 成果出た大型選手の育成…世界トップへ「最も近い位置」

アストン・ビラで躍動する日本代表GK鈴木彩艶【写真:ロイター】
アストン・ビラで躍動する日本代表GK鈴木彩艶【写真:ロイター】

育成の成果として現れたGKの大型化

 今、最も注目されている日本人選手だと思う。鈴木彩艶がUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場を果たし、3-2の勝利に貢献した。

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 GKが出世頭になる日が来るとは、かつて想像もしていなかった。

 欧州移籍のパイオニア、奥寺康彦の移籍は1977年。まだ日本にプロリーグはなく、会社員がブンデスリーガトップクラスの1.FCケルンへ加入したと考えると異例のケースと言えるかもしれない。94年には三浦知良がセリエAのジェノアへ移籍。プロデビューがブラジルのサントス。その後、Jリーグのトップスターとなっての欧州移籍だった。

 Jリーグでデビューしての移籍となると中田英寿。1998年にセリエAのペルージャへ。日本人選手の実力を欧州に知らしめた。これを皮切りに2000年代には有力選手の欧州移籍が増加、2010年代には香川真司(ボルシア・ドルトムント)、長谷部誠(フランクフルト)、岡崎慎司(マインツ)など、ブンデスリーガで活躍する選手が一気に増えていった。

 そして2020年代はシント=トロイデン(ベルギー)を経由してステップアップを果たすケース(冨安健洋など)、Jリーグからの移籍はもとより、高校、大学から直接移籍する事例も増え、毎年30人前後が欧州へ渡るまでになっている。

 最初はアタッカーが中心だった。奥寺はドイツでのキャリア後半はMF、DFになったが最初は快足FWとしての移籍。三浦、中田も攻撃的なポジションとしての移籍である。しかし、やがて長友佑都や酒井宏樹といったSBへの需要も高まり、さまざまなポジションの選手が移籍するように。サイズが要求されるCBも吉田麻也が現れ、冨安や板倉滉、渡辺剛、伊藤洋輝と続くが、これは比較的最近の出来事である。

 増加する欧州移籍の中で、GKの移籍だけが極端に少なかった。

 2001年に川口能活がポーツマス(イングランド)に移籍しているが、その後は川島永嗣のリールセSK(ベルギー)まで約9年間の空白があった。欧州移籍が活発化するなか、GKだけが取り残されたポジションだった。

 CBとGKは体格が必要とされる。世界トップクラスの小柄なCBやGKもいないではないが例外と言っていい。GKとなれば身長190センチ以上でなければ、欧州クラブの獲得対象になりにくい。欧州のGKは急速に大型化していた。

 平均身長の低い日本で190センチ台のアスリートは希少。野球、バスケットボール、バレーボールと競合するなかで、欧州移籍できるGKは簡単に現れないだろうと思っていた。

 ところが、全くそんなことはなかった。シュミット・ダニエル、谷晃生、小久保玲央ブライアンなど、190センチ以上の日本人GKが一気に現れたのだ。名前から察せられるとおり、両親のどちらかが外国人という“ハーフ”が多い。育成段階からGKの大型化を図っていった成果だった。

 鈴木彩艶は190センチ、日本育ちだが父親がガーナ人。破格の身体能力は早くから注目されていたものの、西川周作のいた浦和レッズでは在籍4年間で8試合しか出場していない。しかしシント=トロイデン移籍後に正GKとして活躍すると、パルマへステップアップ。今季、プレミアリーグのアストン・ビラへの移籍を果たした。

 守備力も安定しているが、武器はなんといってもロングキックの飛距離と精度。これに関しては世界でもトップクラスである。一発のロングキックで相手のプレッシングをひっくり返すことができる。アストン・ビラの戦術を変える能力だ。

 最も世界トップクラスから遠いと思われたGKが、今や最も近い位置にいる。

(西部謙司 / Kenji Nishibe)



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西部謙司

にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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