絶望の怪我を救った声「ずっと追いかけていた」 無名大学生が掴んだ夢「慢心したら意味がない」

清水に内定した國學院大学3年生のMF辻友翔
関東大学サッカーリーグ3部からJ1リーグへ。J1の清水エスパルスが7月3日、國學院大学3年生のMF辻友翔が2028年1月から加入することを発表した。國學院大学体育連合会蹴球部にとってこれが初のJリーガー輩出。決してエリート街道を歩んできたわけではない男が、どうやってプロへの扉をこじ開けたのか。國學院大時代、立て続けに見舞われた怪我。ようやく叶った練習参加から夢の実現へのチャンスを掴んだ感謝と飛躍について語った。(取材・文=安藤隆人/全4回の4回目)
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2025年11月2日の関東大学サッカーリーグ2部・第20節の神奈川大戦。辻は約5か月ぶりにスタメン出場を果たすも、再び腿裏に激痛が走り、後半23分でベンチに下がった。
すぐにそれが軽症ではないことは分かった。しかも怪我をした箇所は、過去2度とは違う逆の左足。知らず知らずのうちに庇ってしまっていたのか、試合が終わってからも自分を責めていた。
だが、感情が追いつかない状態になっていた時に、清水エスパルスの筑城和人スカウトに声をかけられた。
「ようやく今日、君のプレーを見ることができたよ。素晴らしいものを持っていると思うから、怪我が治ったら練習に参加をしてほしい」
絶望感を味わっていた辻にとって、筑城スカウトからの一言は驚きと共に大きな光となった。
「また怪我をして、本当にショックで何も考えられなかった状態の時に声をかけてくださって、『前期からずっと追いかけていたよ』と言われた時は本当に嬉しかったし、仮に社交辞令だったとしても、怪我をした直後にもかかわらずそう言ってもらえたことが嬉しくて、『落ち込んでいる暇はない。ただ治すのではなくて、今後の予防策もきちんととった上で復帰しないといけない』と強く思えたんです」
そこから単なるリハビリだけではなく、再発防止のためにやれることを全てやるマインドに切り替わった。トレーナーと共にもう一度自分の身体のメカニズム、付いてしまった癖などをきちんと見直して、これまではハムストリングの力を使って動き出していたものを、腸腰筋や大臀筋を使うことでハムストリングへの負担を減らすなど、具体的なアプローチに取り組むようになった。
股関節の可動域の拡大、ハムストリングの強化、走り方の改善。あらゆるアプローチで努力を重ね、食事面などの改善にも取り組んだ。それもすべてプロサッカー選手になるという夢と、筑城スカウトからかけられた言葉が原動力となっていた。
12月の関東リーグの閉会式で顔を合わせた時も、「怪我をすることはサッカー選手として仕方がないから早く治してね。君の良さは十分わかっているし、練習参加の時にフルパワーを出せた方がいいから、万全のタイミングで練習参加に来てほしい」と言葉をもらい、さらにモチベーションを上げた。
そして今年、復帰を果たすとチームは関東3部からのリスタートとなったが、サイドのチャンスメーカーとして、高速切り替えからの精度の高いプレスバックを披露し、完全復活をアピール。念願叶って清水の練習参加が実現した。
「ずっと待ち望んでいたチャンス。自分をしっかりと出すことを意識しました」
待ち望んだJクラブの練習参加。しかも、J1の人気クラブである清水エスパルス。ずっとリハビリと肉体改造に取り組み、その成果をピッチで表現できるようになった辻は、筑城スカウトの「万全のタイミングで来てほしい」という約束を実現させた。
これまでの想いをぶつけるように自分を表現すると、クラブからはプレスバックの質と球際の強さ、プレーの堅実性を高く評価された。6月のアミノバイタルカップ前に2度、清水の練習に参加。トレーニングマッチではヘディングでゴールを挙げるなどアピールを続け、ついに正式オファーを勝ち取った。
「ずっと目にかけてくれて、怪我の時も本当に支えてもらって、明確な目標を持つことができました。ずっと練習参加を待ち望んでくださって、オファーまでいただけたことは感謝しかありません。だからこそ、これから結果で恩返しをしていかないといけないと思っています」
溢れ出る感謝の気持ちと使命感。大学3年生で進路を決めた辻の心の中にはより今のプレーから進化を遂げようとする向上心がみなぎっている。
「ここで慢心したら意味がありません。まだまだやらなければいけないことはたくさんあります。僕は『無名』という言葉がそのまま僕の人生を表しているので、余計なプライドはありません。周りの人の言葉を聞いて、しっかりと自分と向き合って、吸収できるものはどんどん吸収しようという考えが当たり前になっている。それはこれからも変わりません」
ここからはJリーグと大学の2足の草鞋を履くことになるが、信念は一切ブレることはないだろう。
「大学に入ってからずっと関東1部の基準を持ち続けて取り組みましたし、これからはJ1の基準を持ってやり続けるだけ。僕を受け入れて育ててくれた國學院大のために、怪我をしても追いかけ続けてくれた筑城さん、エスパルスというクラブのため。そして、内定を発表した時に多くのエスパルスファン・サポーターから温かい言葉をもらって、愛されているクラブに入る自覚が芽生えました。ファン・サポーターの皆さんに応援してもらえることに対して感謝の気持ちと責任感を忘れずにこれから頑張っていきたいと思っています」
辻は決して夢を叶えた選手ではない。コツコツと日々を積み重ねて、ようやく夢へのスタートラインに立った選手だ。
だからこそ彼は今日も、自らにJ1基準を課し続ける。『無名』という言葉を受け入れ、自分と向き合い続けた男の挑戦は、ここからが本当の始まりだ。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。




















