「フランスって、アフリカだよね」 W杯で顕著に現れた「9/11」…欧州で進む”アフリカ化”

北中米W杯を戦うフランス代表【写真:ロイター】
北中米W杯を戦うフランス代表【写真:ロイター】

日本とは異なる国籍の文化

 「フランスって、アフリカだよね」。準々決勝のフランス対モロッコ戦を見た友人は言う。ユニフォームを見れば分かるとも思うけれど、実際にフランスのスタメン11人のうち、9人がアフリカにルーツを持つ選手だった。

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 エースのFWキリアン・エンバペの父はカメルーン人、母はアルジェリア人、FWウスマン・デンベレの父はマリ人、母はモーリタニア人…。アフリカ系移民の子が、ずらりと並ぶ。近年のフランス代表では珍しくないけれど、確かに壮観ではある。

 もともと移民大国だから、代表チームにも移民はいた。80年代に活躍したミシェル・プラティニはイタリア系移民だし、プラティニと中盤でコンビを組んだジャン・ティガナもマリ生まれ。守備の中心だったマリユス・トレゾールは海外県グアドループ出身だった。とはいえ、アフリカ系の選手は一部に限られていた。

 当時のフランスは「将軍」プラティニを中心に華麗なパス回しで魅力的なサッカーを展開していたが、W杯では3位止まり。西ドイツやイタリアなどの強豪国には勝てなかった。技術的には劣っていないものの、パワーやスピードなどフィジカル、勝利に対する執着心などメンタルで相手を上回れなかった。

 育成年代強化のため、88年にパリ近郊にナショナルトレーニングセンター「クレールフォンテーヌ国立研究所」が開設されたのが大きかったのだろう。アカデミー生の選考には技術とともにフィジカルも重視。フランス協会が費用を負担したこともあって、貧困層のアフリカ系移民の子どもたちにも英才教育を受けるチャンスが生まれた。

 地元で行われた98年W杯のフランス代表は力強く、たくましかった。アルジェリア系移民二世のジダンを中心に、アフリカにルーツを持つ選手たちが活躍。FWのティエリ・アンリはクレールフォンテーヌの卒業生だった。

 フランス国内の移民問題は今も続いているが、代表チームだけは特別。勝てば、すべてが前向きになる。移民を容認する社会的な環境の変化もあって、フランス代表の「アフリカ化」は進む。クレールフォンテーヌ出身のエンバペらアフリカ系移民の選手がいなければ、近年の好成績はない。

 もっとも、アフリカ系の選手が多いのは、フランスに限ったことではない。欧州、特にアフリカの植民地化を進めていたイングランドやドイツ、ポルトガル代表などにもアフリカ系の選手は少なくない。選手たちはアフリカの国籍も持ちながら、欧州の代表を選んでプレーしている。

 逆に、欧州で生まれ育っているアフリカの代表選手も少なくない。モロッコはフランスやスペイン生まれの選手が主。カーボベルデも半数以上がポルトガルやフランスで生まれ育った移民二世だ。アフリカの「欧州化」も進んでいる。

 日本人には理解するのが難しいが、彼らの多くは複数の国籍を持ち、その中からプレーする代表を選ぶ。「欧州で当落線上なら、ルーツ国で」のように、選手としての価値を優先して選択する。フランス代表FWデジレ・ドゥエの兄ゲラ・ドゥエはコートジボワール代表DF。別に珍しいことでもない。

 フランスをはじめ欧州のアフリカ化が進み、アフリカの欧州化が進む。それでも、W杯は国と国とのサッカーの戦い。その国の歴史や文化を背負ったスタイルがある。圧倒的なスピードで相手の守備を粉砕する今のフランスにも、華麗で美しくエスプリの効いたプレーを見せてほしい。

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荻島弘一

おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。

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