気づいた気配り「大人な選手だな」 22歳日本代表を救った転機…恩師が明かす覚醒「一気に開放された」

湘南時代の鈴木淳之介【写真:徳原隆元】
湘南時代の鈴木淳之介【写真:徳原隆元】

帝京大可児高・仲井正剛監督が振り返る鈴木淳之介との秘話

 北中米ワールドカップ(W杯)の日本代表メンバー入りを果たしたDF鈴木淳之介。彼はいかにして大舞台へ辿り着いたのか。プロ内定という看板に驕ることなく、持ち前の「傾聴力」と利他の精神でチームを支え続けた高校ラストイヤー。卒業後は湘南ベルマーレへと進み、プロの分厚い壁にぶつかり苦悩の日々を過ごすも、やがて訪れたコンバートを機にその才能を一気に開花させた。海外移籍、UEFAチャンピオンズリーグ出場、そして日本代表への定着――。劇的なブレイクスルーを果たし、瞬く間に世界の大舞台へと駆け上がっていった教え子の確かな歩みを、恩師である帝京大可児高の仲井正剛監督が振り返る。(取材・文=安藤隆人/全4回の3回目)

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「これは1年生の時から感じていたのですが、淳之介はミーティングとか指示を出している時に言葉は発しないけど、聞く姿勢が素晴らしかった。学年が上がるにつれて、それが行動として現れて驚くことが増えて行ったんです。高3の時は特に感じました」

 鈴木を高校3年間指導した仲井はこう回顧する。高校3年生になると湘南の内定選手として注目を浴びるようになったが、鈴木の姿勢はこれまでと一切変わらなかった。むしろより積極的に周りとの連係やサポートをするようになった。

「当時サイドバックに、ムードメーカーで運動量が凄まじかった一方で、足元がうまくない選手がいたんです。淳之介は彼に『困ったら俺に預けろ』、『その運動量を生かして俺のカバーをしてくれ』と話をして連係を取っていた。さらに夏にボランチとしてコンビを組んでいた3年生が怪我をして、急遽2年生と組むことになっても、ボール奪取が上手いけど、ビルドアップが苦手という特徴をすぐに見抜き、奪いに行った時に即座にサポートに入ってボールを受けて攻撃に繋げるなど、味方の特徴に合わせてプレーを調整するようになったんです」

 周囲を見渡しながら、鈴木の気配りはこれだけでは終わらなかったという。

「最前線にはエゴイストなFWがいたのですが、彼に対してもそのエゴのいい部分は尊重して、特徴を引き出せるように黙々とパスを送っていた。声は出さないけど、プレーで表現できるのは、きちんと人の話を聞いて、分析をして、その上で自分がやるべきことを見出してプレーしている。本当に利他の精神を持っている大人な選手だなと思いました」

 プロ内定だと言う驕りは一切ない。むしろ驚くほど普段のままで日常を過ごすし、周りへのサポートを厭わない。正直、これは湘南に入っても、日本代表に入っても、側から見る限り一切変わっていない。周りに惑わされたり、浮ついたりすることなく、彼はいつも地に足をつけてやるべきことをやり続けているのはこの頃から変わっていなかった。

 この時、仲井はあることに気づいていく。それは自分が他の選手に指示をしたり、サッカーの話をしたりしている時に、鈴木の目線を感じるようになったことだ。

「いろんな選手に話をしていると、淳之介には言っていないのに、真剣にこっちに目を向けて聞いているんですよ。他人に伝えていることも、自分のことのように聞けるからこそ、より客観的な視点で自分を見つめ直せるし、かつ違うポジションの選手に対する話にも耳を傾けているからこそ、他のポジションでのプレーもイメージが出来ていたのかなと思いますね」

 高校卒業をしてプロになると、最初は大きな壁にぶち当たっていた。ルーキーイヤーはリーグ戦出場ゼロで、天皇杯の1試合出場にとどまった。2年目もリーグ戦出場はわずか5試合に留まった。

「一番苦しかった時期だったと思います。でも、僕が感じていたのは、もともと『絶対にボールを奪われたくない』という選手だったので、プロになって周りのレベルが上がって奪われてしまうことが増えて、そこで焦りを持ってしまったり、より『奪われないように』と思ってしまってプレーが縮こまってしまったりしていたのだと思いました」

 プロの壁に苦しむ教え子。それでも仲井は「今のうちにこの経験をしておけば、必ずブレイクスルーする時が来る」と信じていた。

 そしてプロ3年目、その瞬間がついにやってきた。2024年に山口智監督が就任すると、鈴木の守備力とボールを奪われない力を評価し、3バックの真ん中にコンバート。これが大きなターニングポイントとなった。

「センターバックになって『後ろからプレッシャーがないことで思い切ってプレーできるようになりました』と言っていましたし、映像を見ていても、毎試合凄く冷静にプレーをしている。ボールを奪って、そのまま失わないで攻撃につなげて、かつ後ろからの攻撃参加もOKなサッカーだったので、高校時代に見つけた前への飛び出しも活用できて、一気にいろいろなものから開放されたかのように躍動していきましたね」

 このシーズンの途中から完全なるレギュラーの座を掴んだ鈴木は、リーグ戦23試合に出場。翌2025年も不動の存在として君臨し、5月にA代表選出、7月にはデンマーク1部のFCコペンハーゲンへ完全移籍を果たした。代表では北中米W杯アジア最終予選のラストゲームに出場し、親善試合のブラジル戦、イングランド戦にも出場。チームではUEFAチャンピオンズリーグに出場。そして今回の北中米W杯のメンバー入りと、一気に階段を駆け上がって行った。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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