面談での即答に「その場でずっこけました」  鈴木淳之介のプロ内定秘話…恩師も驚愕「謎の記念撮影」

湘南時代の鈴木淳之介【写真:徳原隆元】
湘南時代の鈴木淳之介【写真:徳原隆元】

帝京大可児高・仲井正剛監督が振り返る鈴木淳之介との秘話

 北中米ワールドカップ(W杯)日本代表メンバーに選出されたDF鈴木淳之介。その成長の足跡を、恩師である帝京大可児高の仲井正剛監督にとっても感慨深いものだった。高校1年の秋、新たなポジションでの起用をきっかけにダイナミックな攻撃参加を見せ、確かな覚醒の兆しを掴んだ鈴木だったが、いよいよこれからという2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって突如としてサッカーを奪われる試練に直面してしまう。未曾有の事態に見舞われ、先の見えないもどかしい日々を余儀なくされた当時の率直な思いを、仲井監督が振り返る。(取材・文=安藤隆人/全4回の2回目)

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「正直、『さあ、これからだ』と思っていたので、私自身もサッカーができないもどかしさがありました」

 全体練習が出来ず、リーグが延期となり、インターハイも中止になった。だが、8月に行われた和倉ユースサッカーフェスティバルで半年ぶりに試合をすると、鈴木のプレーは見違えるほど進化をしていた。

 仲井はダブルボランチの一角として鈴木をトップチームに起用。その際に「これまでも何度も言っているが、ウチのダブルボランチは縦のスライドを入れながら、前に出ていかないといけないぞ」と伝えた。頷いた鈴木はボランチとしてボールを奪われないハイレベルなプレーをしながらも、奪った後にすぐに前へスプリント。高い位置でボールを受けるとそのままミドルシュートを狙ったり、正確なスルーパスを供給したり、求めた以上のことをこなすプレーを披露した。

「正直、驚きました。『攻守に安定感をもたらす存在』から『攻撃に厚みを生み出す存在』に変わっていましたね。それだけ彼はコロナ禍でずっと自分と向き合っていたのだなと思いました。まさにそこですね、彼の傾聴力の凄まじさを感じたのは。コロナ前にグラウンドで言っていたこと、ズームとかで言っていたことを彼はきちんと受け止めて、サッカーができない時期に自分と向き合って、『サッカーができるようになったら自分は何をすべきか』を真剣に考えたのだと思います」

 さらに仲井はこう分析する。「その大きなきっかけになったのが、右サイドバックでのプレーで、彼の中で『こういうことか』と手応えを掴んだのだと思います。その手応えを消さないように自分と向き合って、感覚を残していたからこそ、サッカーができるようになってから一皮剥けたのだと思います」。鈴木の飛躍の契機となったプレーに言及した。

 特殊な環境下で進化をしてきた鈴木はもう止まらなかった。不動のレギュラーとして、和倉ユース、選手権岐阜県予選で圧倒的な存在感を見せた。

 筆者はその和倉ユース、選手権予選も共に現地で取材をしている。筆者も突如現れた凄まじいスケールを持った2年生ボランチに目だけではなく、心を奪われた。181cmのサイズを持ちながら、足元の技術、スピード、アジリティーに長け、ボールは絶対に奪われないし、相手を交わしながらどんどん前線に出ていき、フィニッシュワークにも関わっていく迫力は衝撃的だった。この同じ場にいた当時、湘南ベルマーレの牛島真論スカウト(現・鹿島アントラーズスカウト)もこのスケール感に魅了されて、すぐに獲得リストに挙げたのだった。

 湘南はすぐに動き、その年の秋に3日間の練習参加をさせると、そのまま正式オファーを出した。湘南のオファーの受諾の仕方、周囲への発表の仕方も実に鈴木らしい独特のものだったという。

「ベルマーレから『選手権前に決めてほしい』と言われたんです。その上で強化部長と牛島スカウトが『本人と話をさせてください』と岐阜に来てくれたことがあったんです。事前に淳之介とご両親には『今日はあくまで話を聞くだけだから、まだ正式な答えはここでは出さないように』と伝えていました。でも、話の最後に『将来の夢は?』と牛島さんに聞かれると、彼はいきなり『湘南で1年でも長く活躍することです』とはっきりと言ったんです。正直、その場でずっこけましたね(笑)。向こうも話をするだけで来られていましたし、こっちも話を聞くだけだったのに、彼はその場で『イエス』の回答をしたんです。その時に初めて、少し浮かれている淳之介を見たんです。ポーカーフェイスだけど、やっぱり気分は高揚していたんだなと。隠しきれなかったんでしょうね(笑)」

 仲井も温かく鈴木の決断を受け入れ、高2の選手権前に早くも加入内定となった。だが、鈴木は湘南からオファーがあったこと、決まったことを周りには一切口にしなかったという。仲井も周りには一切口にしなかった。

 選手権直前の壮行試合の日、突如湘南側から「明日、クラブから発表される内定リリース用の写真を撮影してほしい」という依頼があり、仲井は試合後の集合の後に両親を呼び、湘南から送られて来た湘南の旗とユニフォームを鈴木に手渡した。

 周りにいた選手たちは何が起こっているのか分からず、一気にざわつき始めた。その喧騒をよそに、鈴木は相変わらずのポーカーフェイスで両親に挟まれ、湘南のユニフォームを着て、旗を広げて写真を撮っている。少し異様な光景だった。

「あの雰囲気を見て、『あ、淳之介は周りの誰にも言っていなかったんだ』と思いましたね。僕自身も彼が言うならいいけど、自分が言う必要はないと思っていたのですが、まさか彼も言っていなかったとは。これも彼らしいですよね」

 この“謎の記念撮影”でチームメイトや周囲は鈴木の湘南入りを知ったのだった。「早く言ってよ」と集まってきたチームメイトに言われても、鈴木は「いやいや、言うほどのことじゃないから」と返したという。

 口数が少ないのは今も変わらない。ただ寡黙なのではなく、人にしっかりと目を向けて、話を聞き、しっかりと人や物事に向き合っているからこそ、成長という形で周りに表現することができている。

 そして選手権は終了。高校3年生になると鈴木の『傾聴力』はさらなる進化を遂げていった。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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