JFL移籍で衝撃「公園の蛇口がシャワー」 同僚はバイト掛け持ち…人生を変えた半年間

町田の岡村大八「日本代表に入ることを目標にしていかなければいけない」
J1屈指のディフェンダーに成長したFC町田ゼルビアのDF岡村大八だが、プロ入りはJ3のザスパクサツ群馬だった。さらに、立正大学から加入したプロ1年目に結果を残せず、シーズン途中に当時JFLだったテゲバジャーロ宮崎へ期限付き移籍を決断。そこでの経験がプロで生き残っていくための礎を作ったのだ。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・工藤慶大/全4回の4回目)
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「JFLはやっぱり悔しかったですよ。Jリーグの世界はなかなか甘くなかったという。自信を持って入ったんですけど、当時J1でやっていた選手がセンターバックで2枚いたので。そういった選手たちを勝手に大きく見てしまったのもありましたし、自分の体がまだ出来上がっていなかったというのもそうでした」
当時は苦渋の決断だったが、今だからこそこのように振り返る。「僕は宮崎に行って、めちゃくちゃ良かったなと思っています」。プロ契約の選手が数人しかおらず、ほとんどの選手がアルバイトと掛け持ちしていた当時の宮崎。練習後の午後、ケンタッキーやスポンサーの会社で働く選手たちに衝撃を受けた。
「僕はトップチームからレンタルで行っていたので、一応プロ契約だったんですよね。そのときに同じ練習量をこなしていて、片やアルバイトしている、片や昼寝している。俺は一体何をやってんだ、と。同じ練習量をこなしているのに。この時間の使い方で、絶対この先が大きく変わるなと僕は思ったんです」
ハードなトレーニングを終えた後の午後の時間。「じゃあ僕、その間に何しよう」。始めたのは、カフェに行って本を読む生活だ。「その経験がすごく良かったなと。空いている時間に何をするか。まず、サッカー選手をよく知ろうと思ったんですよ」。個人事業主とは何か。FP、簿記と様々な本を読み漁った。
「保険は何に入るのか、年金、投資って何、控除って何とか、そういうのも一から学びました。その経験で群馬に帰ってからもそうですし、今もそうですし、スキマ時間の使い方だったり、考え方がアップデートされたというか。非常にいい方向に行ったのは、そのときの経験があったからなのかなと思いました」
また、日々のトレーニングの環境にも衝撃を受けた。「練習場がコロコロ変わってシャワーもない。当時はスパッツ一丁で公園の蛇口がシャワー。シャンプーとボディソープで体を洗ってとかやっていました」。現在は立派なクラブハウスのある恵まれた施設で練習できているが、その有難みをよく知っている。
「今じゃできないですけど、まあ当時はちょっと緩かったので。そういうハングリーさや経験が、今にすごく生きているのかなというのは思いますね。その経験があったから今の自分がいると思っているので、地に足つけてそのときの経験を忘れずにいられるのは、いいことなのかなというのは思っていますね」
そんな岡村の今の目標とは――。新人研修のとき、このうちの6割が3年以内にいなくなると聞き、「Jリーグで10年できれば幸せだなと思って、最初は10年はやるという目標でした。だから、32歳まで。今年で30の代なので、あと2年はサッカー選手をやり続けたいなと」。そして、もう一つの大きな夢がある。
「やっぱり代表ですね。ワールドカップは難しいというか、E-1で外れたのも悔しかったです。年齢とか色々言われるかもしれないですけど、やっぱりサッカー選手でJ1に所属している以上、代表は目標にしなければいけないと思います」
北海道コンサドーレ札幌から町田へと完全移籍する際、古巣のサポーターへと残した言葉がある。「いつか日の丸を背負い、サポーターの皆さまに成長した姿をお見せできるよう、挑戦を続けていきます」。その思いは今でも「変わらないですよ。やっぱりそこは目指していかなければいけない」と力を込める。
「長友佑都さんがあの年齢で代表に入ることもなかなかできることではないので、年齢を言い訳にせず、E-1だろうが、ワールドカップが終わったタイミングだろうが、日本代表に入ることを目標にしていかなければいけないと思います。それくらい日本を代表してプレーするのは幸せなことだと思います」
その夢を叶えるために必要なのは、「町田を優勝させる。またACLEのピッチに立つ。そして、優勝する。ACLEで優勝して、クラブワールドカップに出る」。その先にある日本代表も、「届く位置にあると思うので、そこの目標はぶらさず、言うのを恥ずかしがらず、目指し続けていきたいと思っています」と語る。
そして、キャリア終盤にはMLS(メジャーリーグサッカー)への挑戦も画策している。「英語を勉強したいというところと、セカンドキャリアでサッカーとは全くかけ離れたことをやりたいんですよ。僕2歳からサッカーをやっていて、今までの人生でサッカーしか触れてこなかったんですよ」と理由を明かす。
「サッカー以外のことに触れてみたくて、そういったときに今の世界の中心はアメリカじゃないですか。アメリカで色んな知見を広げて、色んな文化に触れて、自分がこの先、何をやりたいかをサッカーをやりながら吸収して、セカンドキャリアに活かしたいなというところが、一番の理由かなと思っています」
引退後の人生のほうが長いが、現役中からその準備をしている選手は多くないのが現実だ。「じゃあ、セカンドキャリアで何するのってなったときに、サッカー選手って何もできないと思うんですよ。サッカーがちょっと人よりできるくらいなので」。だからこそ、引退前に色々なことに触れたいと考えている。
「企業とかが面倒を見てくれる時代も終わっていると思うので、じゃあそういったときに自分に何ができるか。手に職をつけるためにも世界の先端に立っているアメリカで色んなものを見て、色んなものに触れて、色んなことを経験した自分が何をできるか。そういう意味でアメリカに行きたいと思っています」
まだセカンドキャリアで何をしたいか、具体的には決めていない。様々なことにアンテナを貼りながら探している最中だが、今特に興味がある分野はITだ。
「今はITじゃないですか? もう今AIすごいので、そういったところにも取り残されないように。今はClaude(クロード)がすごいらしいので入れて触れてみたりとか、そういう情報とかも追ったりとか。スキマ時間もあるので、そういったときに、個人事業主のための色んな動画を見たりとかもしていますね」
町田から日本代表に選ばれ、最後はアメリカへ。そして10年後には、世界を股にかける岡村大八社長が誕生しているかもしれない。「なきにしもあらずですけど、誰も僕の下に付きたいとは思わないでしょうね(笑)」と岡村本人は笑うが、そんな未来もありそうだ。JFLからJ1の主力へと飛躍を遂げたように。
(FOOTBALL ZONE編集部・工藤慶大 / Keita Kudo)

















