鈴木唯人が「感情剥き出し」になった日 恩師が初めて目撃した“覚醒”の瞬間「もう大丈夫だ」

清水時代の鈴木唯人【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
清水時代の鈴木唯人【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

試合中にまさかの口論…市立船橋サッカー部・波多秀吾監督が見た衝撃

 プレミアリーグEASTの柏レイソルU-18戦で1-4の大敗を喫した市立船橋サッカー部と、そこで「10番」を背負う鈴木唯人。オフ明けの練習はいつも以上に熱を帯びていた。攻守の切り替えが早く、球際でも激しいバトル。仲間から本音をぶつけられ、かつ自らも本音をぶつけた鈴木も、FWのポジションに入ると一つひとつのスプリントの強度、シュートの意識の高さを見せる一方で、守備でも精力的にプレスを仕掛けて決意をプレーで示していた。そのなかで、監督1年目の波多秀吾が目を細めたのは、鈴木のポジションチェンジによって生まれたライバルとのバチバチのポジション争いだった。(取材・文=安藤隆人/全4回の3回目)
 
 当時、FWには同じ3年生の賀澤陽友がいた。2人は同じ神奈川県出身で小さい頃から知っている仲。賀澤にとっても自分のポジションに強烈なライバルがやってきたことで、鈴木に闘争心を燃やしていた。そんな背景もあり、柏U-18戦後の紅白戦では同じチームで2トップを組んでいたにもかかわらず、試合中でプレーが止まっていない状態で突如、2人の口論が勃発した。

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「急に言い合いが始まったのでびっくりしたのですが、あの話し合いの後だったので、『これも逆にチームにとっていい刺激になる』とそのままにしていたんです」

 口論の直後に賀澤にボールが入ると、ハーフウェーライン付近からのドリブルで一気に3人を交わしてシュート。これが決まると、鈴木に向かって「どうだ」と言わんばかりの表情を見せた。

 すると、その挑発を受けた鈴木は、その紅白戦の終盤に同じくハーフウェーライン付近でボールを受けると、「絶対にパスは出さない」と言わんばかりにドリブルを始め、同じように3人を交わして強烈なシュートを叩き込んだ。

「あんな感情剥き出しでプレーしている唯人は正直、初めて見ました。賀澤は感情を表に出す性格で、もともと唯人にライバル心を持っていたのですが、それに対して唯人はいつも通り淡々としていた。でも、レイソル戦を経て、お互い感情剥き出しでぶつかり合っているのが本当に嬉しかったですね」

 波多自身も鈴木とよくコミュニケーションを取るようになった。サッカーのこと、チームのこと、将来のこと。2年半、コーチと監督として過ごし、鈴木が高校1年生の時は体育の授業を持っていたほど、いつも一緒にいる関係性だったが、残りの半年間はこれまで以上にさまざまなことを話すようになった。

「正直、僕も監督1年目で試行錯誤が多かったし、ちょっと選手と距離を置いてしまっていたのかもしれませんでした。でも、より話すようになって、僕自身も学ぶことが増えたというか、いろいろな気づきを得られた半年間でした」

 柏U-18戦以降、チームはプレミアEASTで怒涛の4連勝。第16節の鹿島アントラーズユース戦で鈴木は2ゴールを挙げると、続く第17節の最大のライバル・流通経済大柏との一戦でも2試合連続2ゴールをマークして勝利の立役者となった。

 この勢いのまま、選手権千葉県予選では決勝戦で流通経済大柏とぶつかると、鈴木は決勝点を奪ってチームを選手権へと導いた。そして、プレミアEASTも残留争いから抜け出して5位でフィニッシュ。見事に結果を残した。

「感情を見せるようになった一方で、大一番では常に冷静で淡々とチームのために力を発揮する姿は本当に頼もしかったですし、卒業する頃には『唯人ならもう大丈夫だ』と思えるようになりました」

 鈴木は2020年に清水エスパルス入りを果たすと、ルーキーイヤーからFW、トップ下、サイドハーフをこなすユーティリティーさを発揮してJ1リーグ30試合に出場。2年目にはFWとして不動のレギュラーの座を掴み取って、高卒プロ2年目でチームの主軸にまで成長した。

 そして、プロ3年目を迎えた2022年1月、日本代表が臨んだキリンチャレンジカップ・ウズベキスタン戦のメンバーに追加招集され、20歳でA代表に初選出。2023年1月にはフランス1部のRCストラスブールに期限付き移籍を果たした。

 この時は初の海外リーグ参戦で1ゴールを挙げるも、同年7月に清水へレンタルバック。その1か月後の8月にデンマーク1部のブレンビーIFへの完全移籍を発表し、一気に海外での階段を駆け上がって行った。

 ブレンビーへの移籍が発表され、鈴木が清水に別れを告げる時、波多は清水の練習場である三保グラウンドにいた。詰めかけた多くのサポーターの前で別れの挨拶をする教え子の姿に感動するとともに「唯人なら大丈夫」とより強く思ったという――。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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