ピッチ上で胸ぐら掴み…20歳を叱責「人として」 帰宅後に謝罪電話「今、大丈夫ですか」

仙台の松井蓮之「逆に若いうちに経験できてよかったんじゃないか、と」
味方選手を咎め、ピッチ上でユニフォームの胸ぐらを掴む前代未聞の光景がSNS上で大きな注目を集めた。ベガルタ仙台の副キャプテン、MF松井蓮之に激しく叱責されたFW安野匠との間で紡がれた知られざる後日談を含めて、百年構想リーグで唯一、無傷の開幕10連勝を続ける仙台に何が起こっていたのかを追った。(取材・文=藤江直人)
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スマートフォンに思いがけずLINE電話がかかってきた。試合を終えて帰宅した今月4日の夜。仙台の副キャプテン、松井は「それほど遅い時間ではなかったですね」と記憶している。
誰が電話をかけてきたのかも、もちろん画面に表示されている。スマートフォンを取ると「今の時間、電話、大丈夫ですか」とまず断りを入れられた。声の主は仙台の後輩、ストライカーの安野だった。
着信を受ける数時間前。2人は仙台のホーム、ユアテックスタジアム仙台のピッチ上にいた。
ザスパ群馬を迎えたJ2・J3百年構想リーグ地域リーグラウンドEAST-Aグループ第9節。開幕から無傷の9連勝がかかった一戦で、松井は今シーズンから主戦場としているアンカーで4試合ぶりに先発。安野は仙台が2-1でリードしていた後半24分から、FW小林心に代わって2トップの一角で途中出場した。
しかし、松井と安野の共演はわずか4分間で終焉を余儀なくされた。同28分に立て続けに2枚のイエローカードを提示された安野が、まさかの退場処分を命じられてピッチを後にしていたからだ。
仙台の守護神・GK林彰洋のロングキックを、敵陣の中央で群馬のDF大畑隆也と競り合い、前へ抜け出した安野がファウルを取られる。判定が不満だったのか。安野はすかさずボールを前方へ思い切り蹴り出した。
これを「遅延行為」と判断した俵元希主審が最初のイエローカードを提示する。苦笑した安野が俵主審へ拍手を送ると間髪入れずに再びイエローカードが提示され、問答無用の退場処分が決まった。
試合の公式記録には、2枚目のイエローカードの理由として「反スポーツ的行為」が記されていた。拍手が主審を侮辱した行為と受け止められた安野は、怒り心頭に発しながらピッチを去っていった。
リザーブだったキャプテンのDF菅田真啓に代わり、群馬戦でゲームキャプテンを務めていた松井はまず俵主審に安野が退場に至った経緯を確認した。さらに背番号40を励まそうと後を追っていった直後だった。
タッチラインが近づいてきたところで、松井は安野を止めるように背後からユニフォームを引っ張った。そして次の瞬間、前方に回り込んだ松井は右手で安野の胸ぐらをつかみ、さらに激しい口調で何かを伝えた。
衆人環視のピッチ上で繰り広げられた前代未聞の光景。俵主審を含めた周囲へ、あたりかまわず怒りをぶちまけていた安野の他責思考ぶりに対して、松井はすべての責任は安野自身にあると叱責していた。
舞台がSC相模原のホーム、相模原ギオンスタジアムに変わった12日の第10節後の取材エリア。SNS上でバズった安野との激しいやり取りを松井にあらためて聞いた。松井は「別にバズりたいと思っていわけではないんですけど」と苦笑しながらも、退場を命じられた直後の安野の一挙手一投足にこう言及した。
「人としてあいつの態度は本当によくなかった。僕自身もイラッとしたのでああいう行動に出ました」
ゲームキャプテンとして、そして何よりも人生の先輩として。新潟県の強豪・帝京長岡高校から仙台に加入して2年目の20歳の態度を、鉄は熱いうちに打て、とばかりに26歳の松井はその場で戒めた。
そして夜になって安野からLINE電話がかかってきた。安野はいったい何を伝えたかったのか。会話をかわした松井によれば、安野は「すみませんでした」と切り出した上で次のような言葉を紡いだという。
「ちゃんと言ってくれてありがとうございました。僕も切り替えて頑張ります」
激しく叱責された意味を、安野はしっかりと受け止めてくれていた。松井はさらにこう続けた。
「あいつがどのように考えるのかは、あいつ次第だと思っていました。今後の人生であのような状況はあまりないはずだし、逆に若いうちに経験できてよかったんじゃないか、と今では思っています。その後は別にあれこれと言うつもりはなかったし、言ってもいない。僕自身はこれからのあいつの行動に本当に期待しています」
まさかの数的不利に陥った群馬戦は、試合終了間際の後半45分に2-2と追いつかれたものの、特別ルールのもとで突入したPK戦を仙台が8-7で制した。それでも仙台の森山佳郎監督に笑顔はなかった。
試合後のフラッシュインタビュー。指揮官は安野という名前には触れずに、それでも怒りを露にしている。
「若い選手だから、では済まされないような、あまりにも軽率なプレーで試合がぶち壊された。普段からああいう態度がある選手で、日常がそのまま試合でも出てしまった。ちょっと許しがたいと思っている」
森山監督のコメントを含めて、試合後の一連の状況を耳目にしていたのだろう。興奮した状態から我に返った安野は自らを責め、真正面から思いをぶつけてくれた松井へ感謝の思いを込めて連絡を入れた。
群馬戦から4日後の8日は、安野の20歳の誕生日だった。松井は「あいつには『おめでとう』と言ったくらいですよ」と再び苦笑しながら、相模原戦は出場停止で不在だった安野へこんなエールを送っている。
「その後の練習ではいいゴールを決めているので、ちゃんと心を入れ替えて頑張っているな、と思って見ています。あいつにはチームのためにプレーしてほしいし、もちろんあいつはフォワードなので、ポジション上、チームを勝たせるゴールを決めてくれればみんなも信頼してくれる。まずはそこからやってほしい」
相模原戦は大量3ゴールをあげた仙台がクリーンシートで快勝。3試合ぶりにあげた90分間での勝利で、開幕からの連勝を10に伸ばした。開幕戦で途中出場した後は出番を得られなかったFW梅木翼が後半42分に、チームとしてほしかった追加点となる初ゴールをゲット。結果を残してフォワード争いに割り込んできた。
序列を下げた安野は、地道な努力を積み重ねて信頼を取り戻していくしかない。それでも松井の期待に応えるようにピッチへ戻り、年代別の日本代表に名を連ねてきた実力をプロではまだ決めていないゴールを介して示したときに、百年構想リーグ後の新シーズンの目標をJ1昇格に掲げる仙台がまたひとつパワーアップする。

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。





















