鹿島は「目の上のたんこぶ」 比較対象ですらなかった26年…水戸の反骨心「いろいろな感情」

水戸の大崎航詩【写真:徳原隆元】
水戸の大崎航詩【写真:徳原隆元】

水戸の大崎航詩「チームにとって本当に大きな一歩ですし、歴史的な一日になった」

 リーグ戦で初めて実現した茨城ダービーで、クラブ史上で初めてJ1を戦う水戸ホーリーホックがPK戦の末に王者・鹿島アントラーズを撃破した。ホームのケーズデンキスタジアム水戸に新たな歴史が刻まれた一戦で、ドラマの中心を担い続けたチーム最古参の27歳、MF大崎航詩が抱き続けた熱き思いに迫った。(取材・文=藤江直人)

欧州CLベスト16がついに開幕 佐藤寿人&柿谷曜一朗が伝授する“お得”な楽しみ方とは?

 近いはずなのに限りなく遠い存在だった常勝軍団を、さまざまな感情を介して意識してきた。畏敬の念を抱きながら、水戸の最古参選手、在籍6年目の大崎は鹿島をこう位置づけてきた。

「ずっと近くにいる鹿島というチームは純粋に自分たちの目標であり、いつか試合をして勝ちたかった相手でもあり、それでいて自分たちにとってどこか目の上のたんこぶでもあり続けました」

 ちょっぴり物騒に響く慣用句の「目の上のたんこぶ」とは、自分たちよりも立場が上で、行動の妨げや場合によっては目障りに感じられ、なおかつ簡単にはどかせない相手や存在をたとえる場合に用いられる。

 両チームの歴史をあらためて振り返ると、水戸にとって鹿島は慣用句そのままだった。

 1993シーズンに産声をあげたJリーグでオリジナル10に名を連ねた鹿島は、9シーズンぶり9度目のリーグ戦優勝を達成した昨シーズンまでに、国内外で歴代最多となる通算21個ものタイトルを獲得。住友金属(現・日本製鉄)の企業城下町だった茨城県鹿島町(現・同鹿嶋市)をサッカーの街へと変えた。

 一方で1994年創設のフットボールクラブ水戸を起源とする水戸は、同年から茨城県リーグ4部に参戦。1997シーズンから水戸ホーリーホックとなり、日本フットボールリーグ(JFL)をへて2000シーズンにJ2へ参入。以来、実に26年もの歳月をかけて昨シーズンに悲願のJ1昇格を、J2優勝という花を添えて成就させた。

 比較する対象にすらならなかった鹿島と、リーグ戦の舞台で初めて対峙するJ1百年構想リーグへ。大崎は「何節で当たるのかが楽しみでした」と心を躍らせ、全日程が発表されてからは、ホームのケーズデンキスタジアム水戸に王者を迎える4月4日の地域リーグラウンドEASTグループ第9節へイメージを膨らませてきた。

「ホームで戦える、というアドバンテージがあったので、それを存分に生かそうと思ってきました」

 天皇杯全日本サッカー選手権大会の舞台では、水戸は過去に3度、鹿島と対戦している。

 2004年度大会4回戦は0-1で、2007年度大会4回戦では0-2でいずれも鹿島に屈した。延長戦を含めた120分間を0-0で終えた2015年度大会3回戦は、PK戦を3-2で制した水戸が歓喜の雄叫びをあげた。

 そして、約11年ぶりに実現した、リーグ戦では初めてとなる茨城ダービーを動かしたのは水戸だった。

 両チームともに無得点で迎えた前半34分。カウンターから右サイドを攻略し、その後にゴール正面へ弾んだこぼれ球を、走り込んできたゲームキャプテンのFW渡邉新太が右足でゴール左へ先制点を突き刺した。

 鹿島との公式戦で4試合目、通算で334分目にして水戸がもぎ取った初ゴール。昨シーズンに大分トリニータから加入し、5年ぶりにJ1の舞台でプレーする渡邉もまた、茨城県内の現状をこう語っていた。

「鹿島さんのサポーターのほうが多いですし、水戸の市民でも鹿島さんのサポーターという方もいます」

 その意味でも何がなんでも勝利をもぎ取り、ホームのケーズデンキスタジアム水戸を発信源として、水戸の名を知らしめたかった大一番。2枚目のイエローカードをもらったダニーロが後半14分に退場となり、数的不利な状況に陥りながらも、最終的に水戸の総走行距離とスプリント総数はともに鹿島を上回った。

 そのなかでボランチの大崎の走行距離は両チーム最長の12.088キロをマーク。スプリント回数も同4位タイの14を数えるなど、数的不利を感じさせないほど走り回り、身体を張って鹿島の攻撃を阻止し続けた。

 鹿島戦の公式入場者数は1万570人。百年構想リーグで初めて1万人を超えただけでなく、スタジアムの歴代最多となる大分との昨シーズン最終節の1万743人にあとわずかまで迫った。

 東海大仰星高校から大阪体育大学をへて、2021シーズンに水戸へ加入。昨シーズンは先発した選手のなかで最年長となる試合が多かった27歳の大崎は、昇格を決めた最終節後にこんな言葉を残している。

「ここからはJ1の舞台で、自分たちも臆さずに戦っていけるかどうかを証明していく場になる」

 J1クラブとして鹿島を迎え、再びほぼ満員となったスタンドにも後押しされた一戦は水戸がリードしたまま、5分台が表示された後半アディショナルタイムに突入。試合終了直前の同4分に予期せぬ事態が起こった。

 ゴール左のポケットを突いたレオ・セアラが、こん身の力を込めて左足でクロスを折り返す。ボールはブロックに飛び込んだ大崎の右手に当たり、直後に鹿島のPK獲得を告げる小屋幸栄主審の笛が鳴り響いた。

 これをレオ・セアラがしっかりと決める。土壇場で同点とされた直後の心境を「自分のなかで動揺があった」と明かした大崎を、水戸の樹森大介監督は1-1のまま突入したPK戦で1番手に指名した。

「自分のメンタルを考えて(1番手から)外す形もあったと思うんですけど、それでも自分を選んでくれたのは信用してくれている証なので、その信頼を裏切りたくない、と強く思いました」

 先蹴りの鹿島の1番手、MF知念慶の一撃を水戸のGK西川幸之介が完璧にセーブした直後。過去4度のPK戦でいずれも1番手を託され、すべて成功させてきた大崎は「PKを与えてしまった以上は仕方がないし、任された以上はしっかりと蹴るしかない」といっさいの迷いを振り払い、利き足の左足へ魂を込めた。

「ここで決めないとみんなに合わせる顔がない、と。自分がここからサッカー選手として大きくなっていく上で、このPKは自分を試されている、と。相手GKは日本代表で簡単なPKでなかったし、いろいろな駆け引きもしてきたけど、僕としては駆け引きよりも自分の自信をもつコースに思い切り蹴ろう、と」

 ゴール右を狙った強烈な一撃は、森保ジャパンのイギリス遠征帰りだった鹿島の守護神・早川友基の両手を弾いてネットに突き刺さった。振り向きざまに右手でガッツポーズを作った大崎の姿が水戸を乗せた。

 2番手のDF植田直通のPKもクロスバーの上を越えた鹿島に対して、水戸は4人目までの全員が成功させる。PK戦の末にもぎ取った勝利に、大崎は「最初のニシのセービングがすべてです」と笑いながらこう続けた。

「最後の自分のハンド以外は、ほぼ100点に近い内容だったと思う。全員が臆さずに前線からプレッシングをかけ続け、粘り強く守れて、最も大事な自分たちのゴール前では身体を張り続けていたので」

 前節まですべて90分間で破竹の7連勝をマーク。EASTグループの首位を快走していた王者を、9位にあえいでいた水戸が止めた。しかもホームのファン・サポーターの前で勝利した価値に再び声を弾ませた。

「鹿島はシンプルに強かった。速いし、うまいし、迫力もあるし、自分の不用意なプレーのせいですけど、最後に追いついてくるあたりに鹿島というチームの歴史も感じた。それでも試合前からいろいろな感情があった(リーグ戦での)茨城ダービーの初戦で、PK戦とはいえ自分たちの力で勝てたのは自信になる。水戸ホーリーホックというチームにとって本当に大きな一歩ですし、歴史的な一日になったと思っています」

 もちろん戦いはまだまだ続く。5月6日の第15節では、敵地・メルカリスタジアムでの再戦も待つ。昇格を決めた直後に「ここがゴールになるようなら、水戸の歴史を積み上げていく上でまだまだ足りない」と未知の戦いへ誓いを立てた大崎は、ここまで9試合すべてで先発フル出場。リーグ1位タイのブロック総数35、同1位の被ポゼッション時の総走行距離40.3キロが物語るように、特に守備で身体を張りながら水戸をけん引していく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)



page 1/1

藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング