川口能活が果たせなかった願望「ずっと悔しさが」 4度のW杯も…貫いた「僕がやるべき仕事」

川口能活氏が指導者として目指す目標について語った【写真:増田美咲】
川口能活氏が指導者として目指す目標について語った【写真:増田美咲】

連載「青の魂、次代に繋ぐバトン」:川口能活(ジュビロ磐田GKコーチ)第6回

 日本サッカーは1990年代にJリーグ創設、ワールドカップ(W杯)初出場と歴史的な転換点を迎え、飛躍的な進化の道を歩んできた。その戦いのなかでは数多くの日の丸戦士が躍動。一時代を築いた彼らは今、各地で若き才能へ“青のバトン”を繋いでいる。指導者として、育成年代に携わる一員として、歴代の日本代表選手たちが次代へ託すそれぞれの想いとは――。

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 FOOTBALL ZONEのインタビュー連載「青の魂、次代に繋ぐバトン」。歴代最多タイとなる4回のW杯出場を誇る川口能活。自身が出場した大会で勝利を手にすることはできなかったが、2010年の南アフリカ大会ではチームのまとめ役として躍進を支えた。現役引退後は指導者に転身。「いいGKを育てる」というシンプルな目標に向かって、日々まっすぐに取り組んでいる。(取材・文=二宮寿朗/全6回の6回目)

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 川口能活の国際Aマッチ出場116試合は歴代6位、GKではトップだ。4大会連続のワールドカップ(W杯)メンバー入りは楢﨑正剛、川島永嗣、長友佑都と並んで最多タイである。

 ドイツ大会のクロアチア代表戦ではダリヨ・スルナのPKを食い止めるなど無失点に封じ、マン・オブ・ザ・マッチに選出される活躍を見せている。だが、彼が試合に出場したフランス大会、ドイツ大会において勝利を手にすることはできなかった。

 川口の印象に強く残っているのは、1-4と大敗を喫したドイツでのブラジル代表との一戦だという。

「1年前にコンフェデレーションズカップで対戦した時は2-2で引き分けていて、手応えもありました。でも本大会は、次元が違う感じでした。何度かブラジルとは試合をやりましたけど、一番強かったですね」

 ジュニーニョ・ペルナンブカーノの強烈なシュートに対しては「ちょっとでもずれていたら指の骨が折れていたかもしれない」と思えたほどの衝撃であった。

 4年後の南アフリカ大会ではチームキャプテンとして日本代表を束ねている。韓国代表との壮行試合に完敗し、下馬評も低かった。そんななか事前合宿地のスイス・サースフェーで自ら音頭を取って選手ミーティングを開き、本音をぶつけ合ったことがチームの躍進を呼び込んだ。

「短期決戦ではチームの一体感が何よりも大事になると思っていました。これは僕がやるべき仕事なんだ、とも。このミーティング以降、みんな思っていることをそれぞれ口に出して言うようになったし、チームが一つの方向に行っているような感じがありましたね」

 川口は「第3GK」という位置づけだったものの、いつ出番が来てもいいように最善の準備をした。自ら試合に出場して勝利することを彼は決して諦めることはなかった。大会直前になって控えに回った中村俊輔、岡崎慎司らの気持ちを切らせなかったのも、川口が強い姿勢を示し続けていたからだ。

「W杯という夢でしかなかったものが、現実に出場できて素晴らしい経験にはなりました。ただ欲を言わせてもらえば、試合に出て勝ちたかった。だから僕のなかでずっと悔しさが残っているんです」

 南アフリカW杯以降は世代交代に入り、川口も日本代表から遠ざかった。それでも現役を続ける以上、心から離れることはなかった。イタリアのディノ・ゾフは40歳で代表チームのキャプテンを務め、1982年のスペインW杯で優勝している。ワインと同じで、熟成するほどゴールキーパーは味が出る――。そのゾフの言葉も好きだった。

キャリア終盤の経験は「指導者になって活かされている」

 9シーズン過ごしたジュビロ磐田を2013年シーズン限りで離れ、38歳でJ2のFC岐阜へ移籍する。練習は市内のグラウンドを転々とし、練習着も自分で洗わなければならないハードな環境に置かれた。家族から離れての単身生活となり、1Kの部屋で朝6時に起床して外食チェーン店で朝食を摂った。シャワー設備のない施設でトレーニングする際は練習後にスーパー銭湯に通った。ストレッチ、スクワットと練習前に準備してきたことも、自宅で済ませるようにした。

「サッカーをやるために岐阜に行ったので、環境の違いというのは苦にならなかったですね。高校時代の合宿がこんな感じでしたから(笑)。まあ、家族と会えないのがね……。でも試合の翌日に家に戻って、家族と過ごすのが何よりのリフレッシュになりました」

 岐阜で2年間を過ごし、2016年からはJ3のSC相模原へ活躍の場を移す。Jリーグ通算500試合出場を達成し、2018年シーズンを最後に引退する。ジュビロ時代に右脛骨骨幹部骨折、右アキレス腱断裂と2度にわたって選手生命を揺るがす大ケガもあったが、43歳まで長く現役を続けることができた。飽くなき向上心と、サッカーへのありったけの情熱を注ぐ日々の賜物であった。

「相模原では施設の都合上、マッサージを受けるのも野外だったので、雨の日は大変でしたね。キャリアの終盤では同じメンバー外の選手たちと一緒に練習して、彼らをどう奮い立たせていくかということも経験させてもらった。そういった環境も境遇も、指導者になって活かされているなとは感じています。

 欧州でプレーした経験も、成功とは言えなかったけど、ポーツマスのアラン・ナイトさん、ノアシェランのジョン・ブレーデンさん、この2人のGKコーチから指導を受けたことも大きかった。包容力と言えばいいのか、心の底から選手を支えていました。GKというポジションは1人しか試合に出られないし、出られないとなると精神的にもキツい。選手たちを心の底からサポートしていく大切さを学びましたし、自分もそうなりたいと思えることができました」

 引退試合となった2018年12月2日の鹿児島ユナイテッド戦。川口はクリーンシートで25年に及ぶプロ生活を締めくくっている。

 前半20分に、相手と1対1になるピンチと同時に見せ場が訪れる。シュートを狙う相手に対して正面を向き、正しいポジショニングを取りながらシュートコースを消しつつ、最後は前にステップを踏んで広げた左腕にシュートを当てて防いだ。何より基本を大切にしてきた人の熟練の技であった。最後の最後まで、ピンチになればなるほど輝くGKであった。

 引退後はJFAナショナルトレセンコーチ、東京五輪代表コーチなどを経て、2023年からジュビロのGKコーチを務めている。

 現在、チームは大ベテランの川島永嗣や在籍10年目となる三浦龍輝をはじめ、5人のGKが揃う。

「多くの経験値を持つ永嗣のことを、みんなには見習ってもらいたいとは思います。もちろん永嗣にしても課題がないわけではないので、そこは僕が伝えていかなければなりません。ベテラン、中堅、若手といるなかで試合に絡めていない選手に対してはモチベーションを落とさないための声かけなり、エネルギーを使っていくことを心がけてはいるつもりです。

 僕自身、指導者としてまだまだ発展途上。選手時代と一緒で目の前のことにエネルギーを集中させることは得意なんですけど、コーチはやっぱり俯瞰して見なきゃいけないのでそこは課題ですね。ただ、経験も含めて自分にしか教えられないこともたくさんある。その部分は大切にしていきたいと思っています」

 日本で初めてW杯の舞台に立ち、欧州でプレーし、Jリーグすべてのカテゴリーで出場した先駆者の経験値は、次世代のGKたちに受け継がれることになる。

「目の前にある目標としては、いいGKを育てていきたい。『能活が育てた選手なんだな』って思ってもらえたらいいですよね。自分が関わったGKが日本代表に入って活躍してくれたらこれほどうれしいことはありませんよ」

 指導者になってもGK道を究めて――。

 己の使命、いや宿命に向き合う50歳の川口能活がいる。(文中敬称略)

■川口能活 / Yoshikatsu Kawaguchi

 1975年8月15日生まれ、静岡県出身。清水商業高校(現・清水桜が丘高校)から94年に横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に加入し、2年目の95年よりレギュラーに定着。1stステージ優勝と年間優勝に貢献し、Jリーグ新人王を獲得した。2001年にはポーツマス(イングランド)に移籍し、日本人GKとして初めて欧州でプレー。ノアシェラン(デンマーク)を経て05年にジュビロ磐田でJリーグ復帰を果たすと、13年まで在籍。FC岐阜、SC相模原でプレーし、18年のシーズン終了とともに現役を引退した。日本代表ではGKとして史上最多となる116試合に出場。W杯は1998年フランス大会から2010年南アフリカ大会まで4大会連続でメンバーに選出された。引退後は指導者の道に進み、23年より磐田のGKコーチを務めている。

(二宮寿朗 / Toshio Ninomiya)



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二宮寿朗

にのみや・としお/1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『岡田武史というリーダー』(ベスト新書)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)などがある。

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