「華がない」→半年で浦和の英雄へ 期待されずも…歴史に名を残した点取り屋「こんな思い初めて」

浦和で活躍したトミスラフ・マリッチ【写真:アフロスポーツ】
浦和で活躍したトミスラフ・マリッチ【写真:アフロスポーツ】

浦和で活躍したが元クロアチア代表FWトミスラフ・マリッチ

 2007年のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に初出場した浦和レッズは、日本勢として初の栄冠に輝いた。偉業の始まりは2005年度の第85回天皇杯全日本選手権優勝。これによりACLの出場権を獲得したのだが、天皇杯で得点を積み重ねたのが元クロアチア代表FWトミスラフ・マリッチだ。浦和の歴史に語り継がれる英雄である。

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 そもそもマリッチが加入したのは、エースFWエメルソンがカタールのアルサドに電撃移籍したからだ。クラブが公にしたのは2005年7月11日で、外部者にとっては寝耳に水の出来事だったが、前年から興味を示していたアルサドはエメルソンの代理人と7回接触浦和とは3度目の交渉で合意に達した。

“Xデー”が近づいたと見た浦和のギド・ブッフバルト監督は、6月初旬にマリッチの代理人に連絡し非公式に獲得の意思を伝えた。可否を決めるための練習参加を7月10日に打診すると、2日後の早朝には成田空港に降り立った。

 加入が決まったわけでもないのにブッフバルト監督は、もうチームの一員になったような口ぶりで5人の記者にこう説明した。

「シュツットガルト・キッカーズにいた頃からよく知っている。ヘディングが強く、ゴールに執着して90分間闘争心をむき出しにする典型的なストライカーだ。去年はけがでほとんど試合に出ていないが、昔のプレーができれば貢献してくれるはず。FW候補の絶対的な一番手だ」

 シュツットガルト・キッカーズ(ドイツ)は同監督がプロデビューしたクラブでもあり、“同郷のよしみ”という思いもあったのだろう。

 来日3日目の夕刻、浦和のサテライトチームが東洋大学と30分3本の練習試合を行い、最終テストに臨んだマリッチは1本目と2本目にフル出場し、2本目の17分と20分にゴールを決めた。

 その夜、私は浦和の犬飼基昭社長に誘われ、主将の山田暢久や岡野雅行、田中マルクス闘莉王や平川忠亮、坪井慶介らとさいたま市郊外の焼き肉店にいた。2005年2月9日のワールドカップ・ドイツ大会アジア最終予選で、日本代表と対戦した北朝鮮代表が立ち寄った店だ。

「テスト生、どう思う?」

 犬飼社長が誰に尋ねるわけでもなく口を開いたが、ニヤリと笑うか首をかしげるだけで、率直な感想をぶつける選手はいなかった。主力から忌憚のない意見を聞こうという当てが外れた。

 同社長は初日の練習後「32歳という年齢もあるけど、エメルソンに比べて華がないなあ」と加入には消極的だった。実はひそかにアルゼンチンリーグ得点王、23歳のウーゴ・パボネの獲得に動いていたからだ。

 だがブッフバルト監督がその提案をはねつけると、意思の固さにほだされた犬飼社長は「最後は監督が決めればいい、ギドに任せた」とマリッチの加入を認め、7月15日から2006年1月1日まで5カ月半の短期契約を交わした。

 ヴォルフスブルク(ドイツ)からの移籍が決まったマリッチは、「去年はろっ骨を折るなど、けがが絶えなかったのでここで活躍したい。ゴールを取るのが自分の仕事」と腕を鳴らした。

 観衆約2万4000人の柏戦(国立競技場)と約3万6000人が集まったサンフレッチェ広島戦(埼玉スタジアム)を観戦し、熱狂的なサポーターに驚いたという。「スタジアムに入っただけで鳥肌が立った。90分間声援を送って後押するサポーターの前でプレーできる喜びを感じる」と試合を待ちわびた。

 あれだけ礼賛した男が看板倒れなら、監督もさぞかしばつが悪かろうと気を揉んだ私だが、取り越し苦労に終わった。

 8月20日のFC東京戦でJリーグにデビューし、リーグ戦13試合(先発11)で8得点。第27節の柏レイソル戦ではハットトリックも完成させた。柏戦までは永井雄一郎か田中達也と2トップを組んだが、次節の大宮アルディージャ戦から天皇杯決勝までの12試合では1トップを務めた。

 マーカーの背後からすっと現れては足と頭で最終パスに合わせた。リーグ戦と天皇杯で計16試合に先発し、14点のうち7点がヘディングシュートで、途中交代したのは2試合だけだ。8月31日の試合で右頬骨を陥没骨折したが2週間で復帰。「ヘッドが強く、90分間闘争心をむき出しにする」と言った指揮官のプレゼンテーションに偽りはなかった。

 この人にとって天皇杯こそが歌舞伎で言えば花道での演技、最大の見せ場でもあった。

 初戦の4回戦でモンテディオ山形から足と頭で2点を奪うと、FC東京との5回戦ではヘッドで先取点。準々決勝の川崎フロンターレ戦、延長にもつれ込んだ準決勝の大宮戦は、いずれも先制のヘディングシュートを決めている。ここまでの4試合で5得点し、うち3試合が決勝ゴールという勝負強さも見せた。

元日の国立競技場で清水エスパルスとの決勝を迎える。堀之内聖の先制点に続き、後半28分にマリッチが決勝点を蹴り込んだ。

 ロブソン・ポンテが右サイドで赤星貴文とのパス交換から抜け出し、低くて鋭いクロスを送った。守備陣の背後から現れたマリッチが右足でネットが破れるような豪快なシュートを突き刺した。5万1536人の大観衆の多くを占めた浦和の支援者に何度もガッツポーズをつくり、喜びを爆発させた。

 ブッフバルト監督は「こういう仕事ができると思って呼んできたが、それを証明してくれた。天皇杯はマリッチのためのカップだ」と称賛。

 サポーターはいつまでもスタンドに残り、前身の三菱重工以来25大会ぶりの優勝とアジア進出をかなえてくれた傑物に感謝し、『マーリッチ、マーリッチ』の大合唱を続けた。鳴りやまないカーテンコールに応え、ドレッシングルームから現れた勇者は、スタンドに入ってサポーターと抱き合って喜びを分かち合った。

「こんな思いをしたのは初めてだ。子どもの頃からこういうクラブで、こういうサポーターの前でプレーするのが夢だったが、浦和に来て実現した。夢のような半年、浦和は私のキャリアにおいて一番の誇りだ」

 天皇杯で日本一に輝いた浦和はACLでアジア一に到達し、クラブ・ワールドカップでは世界3位となった。何もかも、たった半年で浦和の偉人伝に名を残したマリッチの得点が始まりだった。

(河野 正 / Tadashi Kawano)



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河野 正

1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で日本リーグの三菱時代から浦和レッズを担当。2007年にフリーランスとなり、主に埼玉県内のサッカーを中心に取材。主な著書に『浦和レッズ赤き激闘の記憶』(河出書房新社)『山田暢久火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ不滅の名語録』(朝日新聞出版)などがある。

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