なぜカズはJ3福島へ?「情熱を持って」 今季わずかシュート1本も…5年ぶりJ復帰を決めた理由

三浦知良の福島加入が決定した【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】
三浦知良の福島加入が決定した【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

三浦知良は5年ぶりのJリーグ復帰となる

 元日本代表FWカズ(三浦知良、58歳)が、Jリーグに戻ってくる。J3の福島ユナイテッドFCは12月30日、カズの加入を発表。保有権を持つ横浜FCからの期限付き移籍で、契約期間は2026年6月30日まで。22年に出場機会を求めてJFL鈴鹿ポイントゲッターズ(現アトレチコ鈴鹿)に移籍して以来、5年ぶりのJ復帰となる。

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 鈴鹿との移籍期間が26年1月31日に切れるカズにとって「最も情熱を持ってプレーできる」チームが福島だった。こだわり続けるのは出場機会とゴール。レンタル期間延長を求める鈴鹿や関西リーグの生駒FC奈良からも熱心なオファーは届いたが、最終的に選んだのがJ3初挑戦だった。

 プロ40年目の今季、JFL鈴鹿でのプレーは満足いくものではなかった。出場7試合でノーゴール、プレー時間はわずか59分(アディショナルタイム含まず)でシュートも1本しか打つことができなかった。J3昇格を目指した鈴鹿は終盤失速して地域リーグに降格。「力になれなかった」と責任を感じていた。

 体調が万全にならなかったことが大きかった。開幕から出遅れて、長期離脱もあった。「プロ40周年記念試合」と銘打たれた7月のヴィアティン三重戦では動きも戻ったが、終盤はFW陣にケガ人が続出したため体調が万全でないままベンチ入り。短い時間で出場しても、JFL最年長得点記録を作った3年前とは明らかに違って動きが重かった。試合ごとに「少しずつ良くなっている」と話したが、最後まで完全には戻らなかった。

 プロ41年目の来季に向けて、カズ自身が重視したのは「しっかりと身体を作ること」だ。そして、シーズン中は体調を維持すること。そのために、練習や試合の環境は重要。環境での優位性も新天地を福島に求めた理由の1つのはずだ。

 鈴鹿は専用の練習場を持たず、人工芝で練習することもあった。試合会場もJリーグほど厳しい基準がなく、劣悪なピッチ状態での試合もあった。地域リーグ降格が決まった時、クラブの関係者は「地域リーグだと、さらに環境は恵まれない。カズには厳しいかもしれない」と話した。同じ地域リーグの生駒も同様に環境に恵まれているとはいえない。

 一方、Jクラブである福島の練習場は天然芝で、試合はJリーグの基準をクリアした良好なピッチで行われる。万全な準備をし、試合に臨むための条件はいい。試合に出るため、ゴールするための身体を作るには、福島が最も適していたのだろう。

 JFLよりもカテゴリーが上のJ3でどこまで出場機会を得られるか疑問視する声はある。確かにチーム力や個々の選手のレベルに差があるのは確かだが、思うほど大きな開きはない。栃木シティが選手を補強したとはいえ、JFLから昇格したJ3でいきなり優勝、J3から降格したいわてグルージャ盛岡やY.S.C.C.横浜のJFLでの苦戦を見ても、それほど大差があるとは思えない。今季JFLで優勝したHonda FCは「実力J2相当」とも言われるのだ。

 JFL初挑戦の22年に30試合中18試合に出場して2得点、昨季も半年間プレーして出場12試合。体調さえ戻れば、J3でも出場機会はあるだろうし、ゴールのチャンスもありそうだ。そのための体調管理。それができるなら、地域リーグでプレーするよりも逆にJ3の方が出場機会はあるはず。「出場するため」「ゴールするため」にカテゴリーを上げたといえる。

 もちろん、カズが移籍先を選択するのに重視するのは環境だけではない。口にするのは「情熱を持ってプレーできるか」ということ。「チームの情熱は重要。明確な目標があって、そこに貢献できるか」と話す。「J2昇格」「地域密着」など福島がはっきり示したからこそ、カズの情熱は高まる。

 契約期間は、特別大会として2月から行われる「明治安田Jリーグ百年構想リーグ」までの約半年間。チームの始動が1月10日で、9日には加入会見が予定される。ここ数年はこだわりのある「11」にちなんだ1月11日が契約などの「発表」のタイミングだったが、始動に合わせて前倒しで発表したようだ。

 百年構想リーグはJ2とJ3の対戦もある「お祭りリーグ」で、昇降格とも関係ない。「福島のカズ」をお披露目するには、最高の機会でもある。コンディションさえ整えば、2月7日の開幕戦、アウェーでのJ2甲府戦がJ3でのデビュー戦となる。

(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)



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荻島弘一

おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。

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