絶体絶命のピンチを救った“誇り”「自分しかできない」 初タイトルから6年…王者に成長させた34歳

酒井高徳は6年前の天皇杯優勝も経験している
大会連覇でヴィッセル神戸の黄金時代をアピールするのか。それともFC町田ゼルビアが悲願のクラブ史上初のタイトルを獲得するのか。対照的な両チームが対峙する22日の天皇杯決勝(国立競技場)へ、神戸のベテラン右サイドバックが熱い思いをたぎらせている。16日のサンフレッチェ広島との準決勝でも、濃密な経験と対人の強さを融合させてあわや同点のピンチを防いだ34歳の元日本代表、酒井高徳の胸中に迫った。(取材・文=藤江直人)
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わずか数年でここまでチームの陣容が変わるものなのか。ヴィッセル神戸が天皇杯を制し、クラブ史上で初めてタイトルを獲得した2020年元日。鹿島アントラーズに快勝した国立競技場のピッチで戦い、歓喜の雄叫びを響かせた選手たちのなかで、今シーズンも神戸の一員としてプレーしているのはわずか一人だけになっている。
後に日本代表に選出されている守護神・前川黛也は、当時は飯倉大樹(現横浜F・マリノス)のリザーブだった。翌2020シーズンから加入が決まっていた神戸に、JFA・Jリーグ特別指定選手として登録されていた筑波大学4年生の山川哲史は、2019シーズンを通して一度もベンチ入りを果たしていなかった。
トップチームに昇格して2シーズン目だった佐々木大樹も、パルメイラス(ブラジル)への1年間の期限付き移籍を終えて2019年夏に復帰するも、公式戦のピッチに立てないままシーズンを終えている。対照的に当時から主軸を担い、鹿島との天皇杯決勝でも左サイドハーフでフル出場していた酒井高徳は振り返る。
「僕個人としてはヴィッセルを成長させよう、させようとずっと思ってきました。自分は上手なプレーとか特別なプレーでチームを助けるというよりは、周りを引っ張り、引きつけて、チームに勢いをつけるとか、そういう気持ちの部分というところでチームを変えられるところはある選手なのかなと思ってきたので」
ハンブルガーSVから完全移籍で加入したのが2019年8月。シュツットガルト時代を含めて、ドイツで8年半にわたってプレーしてきた濃密な経験の情熱のすべてを、新天地・神戸へ還元しようと奮闘してきた。
追って大迫勇也や武藤嘉紀、扇原貴宏、宮代大聖、井手口陽介らが次々と加入。山川が最終ラインに君臨し、前川や佐々木らが独り立ちした神戸は、2023シーズンからリーグ戦で延べ8チーム目となる連覇を達成。昨シーズンは2度目の天皇杯制覇で二冠を手中に収めて、酒井が思い描いていた黄金時代を迎えた。
しかし、今シーズンも上位戦線につけながら、今月9日のガンバ大阪とのJ1リーグ第36節を1-1の引き分けで終えた瞬間に、鹿島に続く史上2チーム目の3連覇の可能性が消滅した。悔しさを胸に刻んでからちょうど1週間。場所も同じパナソニックスタジアム吹田で、酒井が濃密な経験と対人の強さを融合させて神戸を救った。
ベテランの読みと経験が生きた後半7分のシーン
サンフレッチェ広島と対峙した16日の天皇杯準決勝。今夏にマリノスから加入した永戸勝也の移籍後初ゴールで前半24分に先制した神戸が、虎の子の1点を守ったまま迎えた後半7分だった。広島が自軍のゴール前から発動させた乾坤一擲のロングカウンターの前に、神戸が絶体絶命の大ピンチに陥りかけた。
神戸の右コーナーキック(CK)をゴール前でクリアした木下康介が、すぐさまスプリントを開始する。ボールを受けたトルガイ・アルスランが、意表を突くヒールパスで駆けあがってきた木下につなぐ。慌てて食い止めにきた山川を吹っ飛ばし、さらに加速していった木下が左側を並走してきた中村草太へパスを送った。
ちょうどハーフウェイラインを越えたあたり。左を中村がドリブルで、中央を木下が、右を田中聡がフォローしている。対する神戸で残っているのは酒井と永戸だけ。このとき、酒井はこんな対応策を思い描いていた。
「僕たちが数的不利な状況というのは、対応していてわかっていました。なので、まずは慌てないところと、相手に選択肢をあまり与えないようなポジションを取って、追い込んだ状態でボールを奪えれば、と」
永戸が田中をケアしているなかで、酒井はまず中村と木下を両方とも見られる位置で対峙した。必死に下がりながらも、ボールをドリブルで運んできた木下、さらにパスを受けた中村の思考回路を見透かしていた。
「最初はしっかりと内側を絞っておきながら、自分だったらここでパスを出すだろうな、というタイミングで自分も外(の中村)に対応しにいきました。案の定、そのタイミングでパスをもらったなかで、多分、僕を置き去りにしてファーストタッチしたかったはずですけど、僕がほぼ同じタイミングで動いていたので、その分、彼のイメージとは違って僕が並走しているくらいの場所にいたのでストップしたと思うんですけど」
酒井の推察は核心を突いていた。ドリブル突破を止めた選択を、中村はこう振り返っている。
「(イチかバチかの)賭けでいった、という感じでしたけど」
スピードを武器に今シーズンのJ1戦線を席巻。今夏の東アジアE-1選手権に臨んだ森保ジャパンにも招集された明治大学卒のルーキーを手玉に取った酒井は、さらに中村が見せた一瞬の隙も見逃さなかった。
「ストップしたときにボールが少しだけ体から離れたのが見えたので。無理にアタックしないでプレーを遅らせる選択肢ももちろんありましけど、一方で『いや、このシチュエーションで自分ならば勝てる』と。そこにはちょっと自信があったなかで、しっかりとボールを奪い取れたのはよかったと思っています」
怪我などもあって広島との準決勝は公式戦で6試合ぶりの先発だった。リーグ戦3連覇が潰えたガンバ戦も後半途中からの出場。その間に主戦場の右サイドバックでプレーした飯野七聖、広瀬陸斗、鍬先祐弥へ「自分が生半可な気持ちでプレーするのは、ものすごく失礼に値する」と敬意を込めた酒井は、こんな言葉も残している。
「やはり自分だよな、と思わせるようなプレーをしない限り、出場する資格はないと言い聞かせていました。リーグ戦の優勝もなくなったときに、もうひとつギアをあげたい。それは自分しかできない、と」
神戸へ注ぎ続ける熱い思いが、広島のカウンターを単独で食い止めた後半7分のプレーに凝縮されていた。リードを死守した神戸は、最終的には2-0のスコアで快勝。舞台を国立競技場に移して22日に行われる決勝では大会連覇をかけて、クラブ史上で初の国内三大タイトル獲得を目指すFC町田ゼルビアと対戦する。
「戦い方は似ているかもしれませんけど、相手は外に常に選手がいるというか、ウイングバックのポジションがある点をまずは頭に入れる。そのうえでバックパスや横パスに対して前線の選手たちをしっかりとプレスにいかせながら自分たちもラインを上げる。そうしてコンパクトな状態を保ち、長いボールを出されても相手の攻撃の的を絞る状況態や、自分たちが対応できる状況を常に作っていくような戦い方で臨みたい」
今シーズンのリーグ戦で1勝1敗の星を残す町田を撃破。1993年のJリーグ元年以降では浦和レッズ、ガンバに続く延べ3チームの天皇杯連覇を達成する意義を、酒井はこんな言葉を介して説明している。
「リーグ戦で3シーズンにわたって優勝争いをしてきたのは、チームの力が確実についてきている証拠だと思っている。ただ、ここでリーグ戦に続いてタイトルを獲れない、となれば正直、強いチームとは言えない。自分たちは絶対に何かしらのタイトルを獲って終わるんだ、という強い気持ちをもっていきたい」
神戸で変わったのは、ピッチに立つ選手たちの顔ぶれだけではない、過去2シーズンで3つのタイトルを手にしてきた過程で、王者のプライドと自負とが芽生えつつある。それらをさらに本物にして、未来へとつなげていくために。神戸を成長させたい、という一途な思いをさらに真っ赤にたぎらせながら酒井は決勝を待つ。
(藤江直人 / Fujie Naoto)

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。





















