「決定力不足」解消の会社設立 元Jリーガーの転身を決意させた「ビビッときた」瞬間

かつて甲府などで活躍した長谷川太郎氏【写真:轡田哲朗】
かつて甲府などで活躍した長谷川太郎氏【写真:轡田哲朗】

複数のJクラブでプレーした長谷川太郎氏、日本代表戦が決意のきっかけに

 2005年にヴァンフォーレ甲府の最強攻撃陣の一角として、J2の日本人得点王になった長谷川太郎氏。引退後の現在は、一般社団法人TREを設立して次世代のストライカー育成のためにさまざまな活動を行っている。2014年の現役引退からの決心や、小学生年代からゴールを決めるスキルを学ぶことの意義を聞いた。(取材・文=轡田哲朗/全3回の1回目)

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 長谷川氏は柏レイソルのジュニアユース、ユースと育成年代を過ごし、1998年にトップ昇格した。甲府でプレーしていた2005年にはFWバレー、FW石原克哉との3トップを形成して、日本人最多17ゴールをマーク。古巣の柏と激突した入れ替え戦を勝利してJ1昇格したチームに大きく貢献した。その後、数チームを渡り歩いて2014年にインド1部でプレーしたのを最後に現役引退した。

 一般職も経験したという長谷川氏だが、「サッカー以外じゃワクワクしない、何も人の役に立てない、何もできない自分がいました。会社員としても何もできないし、誰の役にも立っていない。そんな日々が続いてみて、結構きつかったんです」と話す。そこからの転機、決意のきっかけになったのは2015年1月のアジアカップで日本代表がUAE代表に準々決勝で敗れたことだった。TV画面から聞こえてきた「日本代表が決定力不足で敗れた」という声に、気持ちが決まったという。

「自分が人の役に立てることはなんだろうって考えた時に、ゴールを決めることだけは考えてきたので、その育成をやってみたいと引退前に考えてはいたんです。そして、解説や実況の方の言葉を聞いた時に、『もう、これをやらないといけない、これは自分がやるべきものだ』と、ビビッときたんです。それから2か月後には会社を設立していました」

 そして設立されたのが「TRE」だった。イタリア語で「3」を意味する単語には「3という数字が好きだったのと、イタリア語で『トレ』で、ゴールを『取れ』にかけたいと。スローガンとして目標も持ってやりたいと思って、当時10歳から12歳のゴールデンエイジの子たちが25歳前後になるのは何年だろうと思った時に、2030年だったんです。その時にちょうどワールドカップ(W杯)がありますし、自分の現役最後の背番号も『30番』でした。その時が50歳になる年ですし、そこに向けて頑張ってみようと思ったんです」という想いが込められている。

 そして、「プロジェクトを立ち上げて、そこに向かってストライカーだった選手たちが知恵を出し合うとか、日本全体でそういう取り組みをしたい」という想いから、自身がストライカーコーチとして指導するストライカーアカデミーや、全国を回るストライカークリニック、あるいはYouTubeを通じて玉田圭司氏や李忠成氏、鄭大世氏のような日本代表で活躍した選手たちの技術やトレーニングを映像でも広めている。また、引退マッチの開催支援や、引退後のセカンドキャリア支援も手掛ける。

ストライカーは天性か、それとも育てられるのか…「環境を作ることが大切」

 ストライカーとは天性のものなのか、それとも育てられるものなのか。サッカー界でしばしば取り上げられる問いについて、長谷川氏は自身の考えをこう話した。

「自分自身は育てられると思っています。むしろ、その環境を作ることが大切で、日本人ってどうしてもゴールが決まった時はクールだけど、外すと『なんで』っていうリアクションになることが多いじゃないですか。でも、どんどん、どんどんチャレンジしようという雰囲気作りや、そのために必要なトレーニングをする。そういう文化とか環境を作ったほうがいいと思っています。

 そのトレーニング自体からも、ストライカーっていう気持ちが自分に芽生えると思うんですね。そして、ストライカーコーチから学ぶことで、ゴールを決める意識付けになります。そういったプロジェクトを立ち上げて、ストライカーコーチの普及やストライカー育成をやっていきますと宣言することで、日本サッカー界の意識が変わっていくキッカケになればと思います」

 Jリーグのクラブはもちろん、今や育成年代にもGKコーチがいるのは珍しくない。しかし、ゴールを守ることに対する専門的な指導があるのなら、ゴールを決めることに特化したコーチがいても良いはずだ。

 長谷川氏は「伝え方が分からないという人たちもいると思うので、それを『こう伝えています』『こういう分析をしています』とか、しっかりと学ぶ場を作ることでストライカーコーチが増えると思いますし、ストライカーを教えられる人がいることで、自然とストライカーが増えていくと思うんです」と話す。

 そして、先につながる活動を見据えている。

「やっぱりゴールを決めるスポーツじゃないですか、サッカーは。決めるためのスキル、知識、そういったマインドを持つような選手を多くする。そのための指導者を増やしていく。あとは環境ですね。その雰囲気作りっていうのは今後も継続してやっていきたいな思うんで、これまでいろいろな指導者、チーム、選手の皆さんに協力をしてもらいましたし、この活動にいろいろと賛同してもらえたらすごい嬉しく思います。その知恵を、また次世代の子供たちに伝えていってほしいですし、こうやって自分たちの知恵だけじゃなくて、いろいろな人を集結させるような、そんな取り組みができればよりいいと思います」

 実際にJリーガーとして活躍してきた長谷川氏の指導は、具体性に富んだものだった。ボールの中でも足を当てる場所に番号をつけ、身体の向きの作り方も一般的なサッカー教室などで見るようなものとは違っていた。

(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)



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