欧州5年→Jリーグ復帰「引退はまだ考えてないけど」 “最高レベル”からの再出発

ドイツのハノーファーで約5年プレー、現地ファンから愛された室屋成
室屋成がドイツで過ごした時間は気がつくと約5年(2020年8月~2025年5月)になっていた。ブンデスリーガ2部のハノーファーで積み重ねた公式戦数は151試合。元ドイツ代表GKロン=ロベルト・ツィーラーに次ぐ「ハノファーナー」(ハノーファー人)として、ファンから信頼され、愛される存在になっていた。
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そんなハノーファーに別れを告げて、今年5月に5年ぶりにFC東京へ復帰した室屋が、ドイツでどんな5年間を過ごしてきたのかを振り返ってみたいと思う。
毎シーズン、ホーム最終戦ではクラブを去ることになる選手へのセレモニーが行われる。特にハノーファーからは元ドイツ代表DFマルセル・ハルステンベルクが33歳でプロ選手として現役引退を表明していただけに、ファンから惜しみない大きな拍手と声援が送られていた。
今年4月に31歳となった室屋にとって、わずか2歳差のハルステンベルクが下した「引退」という決断に思うところも少なくなかっただろう。試合後のミックスゾーンでは、胸の内を少し明かしてくれた。
「(いろいろと)考えますね。引退はまだ考えていないですけど、31歳という年齢はサッカー選手としてみたら、(引退を)してもおかしくない年齢ではあるので。本当に1試合1試合を大事にプレーしたいなっていうのもある。やっぱり今日もたくさん人が入って、熱い応援の中でプレーできるので、こういうのをすごく幸せだなと思いながら、サッカーができています」
室屋がFC東京からハノーファーへ移籍を果たしたのは2020年8月。かつてはUEFAカップ、ヨーロッパリーグ出場歴もあり、ドイツ1部でも強豪クラブの1つに数えられていたハノーファーだけに、2部降格となってもすぐに1部へ復帰するのでは、と思っていたドイツのサッカーファンや識者も少なくはない。
2015-16シーズンに2部へ降格した際は翌シーズンの再昇格に成功したものの、2018-19シーズンに再び降格となって以降は2部リーグが定位置となっている。
「セイ・ムロヤはテクニックのレベルが高く、スピードがあり、両足でボールを扱え、いいセンタリングを入れられるサイドバックだ。確かなメンタリティーと素晴らしい走力を持っている。我々にとって高い価値を持った選手だ」
入団当時、ハノーファーのスポーツディレクターを務めていたゲルハルト・ツーバー氏は室屋についてそう語っていたが、チーム戦術における役割の理解に加え、ドイツサッカーにおける1対1に対する捉え方の違い、味方選手とのプレー観の違いに苦労する時期も見られた。
室屋は「1対1での守備はかなり強いほうだと思う」と以前語っていたが、対人で一定の強さを発揮できても、チーム守備戦術のなかでどう守るのか、どう攻めるのかが重要になる。
ドイツサッカーに順応、現地記者も高評価「最高レベル」
とはいえ、身体に染みついているものがあるだけに修正は決して簡単ではない。グラスホッパー(スイス)でプレー歴がある同じサイドバックの原輝綺(現・名古屋グランパス)がこんなふうに言っていた。
「日本の場合はもっと組織で守るチームが多い。上手くスペースを消しながら守るし、誰かが出てったらそこを埋める。相手のウイングバックがボールを持った時にカットインさせず、縦に行かせてコーナーに逃げるか、最悪コースを限定させてマイナスにパスをさせるように守る。そのあたりでセンターバックとのコミュニケーションを取るのが難しいところはありました」
室屋もそうした点について言及していた。
「ドイツでは(相手の攻撃を遅らせる)ディレイというものがあまりない。良くも悪くもどんどんプレスに行く。上手くいけばハマるけど、上手くいかなかった時にどうするのか。そういうバランス感覚を自分たちも見つけなきゃいけないと思います」
狙いどころを明確にしつつ、欧州ナイズされた出足の鋭さで積極的に距離を詰めていく。ボールの出所を抑えるだけではなく、力強くボールを奪い取り、味方へパスを届けられる選手となっていった。5年の歳月の中で得意の守備はさらに磨きがかかり、攻撃のバリエーションも増えた。
ハノーファーの地元記者の1人が「間違いなくムロヤは2部リーグで最高レベルのサイドバック。守備は安心して見ていられるし、スピードに乗ったオーバーラップはワクワクさせられるものがある」と評価していたのを思い出す。ハノーファーのスタジアムで取材をすると、室屋が勢いよく右サイドを駆け上がったところへパスが出ると、ハノーファーファンの声援が大きくなる場面によく遭遇したものだ。
また別の地元記者が「ムロヤはオフェンスで絡むシーンが多い割にクロスが味方に届くプレーがまだまだ少ない」と課題を指摘していたこともある。懸命なだけではなく、効果的なプレーができなければ、チームの勝利に貢献することはできない。その点に関しても、シーズンを重ねるごとに室屋自身が「攻撃の部分でも、かなり起点になることができている」とコメントを残すほど成長を遂げていった。
「全く違うサッカーのスタイルの中で、難しいところはありました。そんななかで自分のどういうところがこのリーグに適用できて、どういうところが足りないのかというのが、すごくはっきりしました。サッカーもそうですけど、5年間海外で生活して、いろんなことを経験して、考え方やサッカーに対する向き合い方は、すごく変化したかなと思います」
ハノーファーでの5年間をそう振り返っていた室屋。選手としても人間としても幾重に成長した姿を、FC東京で存分に見せてほしい。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。