試合前に異様な“光景”「バチン!」 川崎で受け継がれる儀式「肋骨折れたりしないですか?」

2019年に儀式を始めた小林悠【写真:Noriko Nagano】
2019年に儀式を始めた小林悠【写真:Noriko Nagano】

2019年にFW小林悠とGK新井章太のやりとりから始まった

 川崎フロンターレのキックオフ前、ベンチ前に目を向けると、ある儀式が行われている。

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 それは、韓国語通訳の金明豪による選手への闘魂注入だ。選手が背中をかがめていると、そこをさすりながら、次の瞬間、両手で「バチン!」と勢いよく叩く。これで気合い入れは完了だ。レギュラー陣では脇坂泰斗と佐々木旭の2人がこれを受けてから、タッチラインをまたいでピッチに向かって走っていく。

 試合直前にではいつもの光景となっていて、サポーターの間でも名物になりつつある。最近ではDAZNの中継カメラでも抜かれることもあるほどだ。毎試合受けている佐々木旭に感想を聞いてみた。「あれは気合いっすね」と笑い、試合前に欠かせないのだと明かす。

「目が覚めるというか、かなり強いんでスイッチが入ります。いつからからかは全然覚えてないですけど、もう毎試合やるようになってました(笑)。いいところを叩いてくれるんですよ」

 驚くのが、かなり強めに背中を叩いていることである。ほとんど全力で叩いているようにも見える。もちろん選手のリクエストによるものだ。金通訳によれば、「ドクターに『強く叩いて肋骨が折れたりしないんですか?』と確認したら、『それは大丈夫です』と言われました(笑)。なので、フル(スイング)で叩いてます。たまにアサヒは『うっ!』と言ってますし、ヤストには『もう少し弱くしてください』と言われましたが」とのことだった。いわば、アントニオ猪木の「闘魂注入ビンタ」のようなものだ。

 ただ実はこれ、金通訳が最初に始めたものではなく、それなりに歴史がある。さかのぼると、始まりは6年前、2019年4月のこと。元々は小林悠と新井章太が始めたものである。この年、ストライカーの小林はリーグ戦で開幕から出場7試合で無得点が続いていた。そんな状況で迎えた4月のACL・第4節の蔚山現代戦。試合前のロッカールームで小林が控えGKであった新井にお願いしたのがきっかけだ。

 当時、新井にこの話を聞いた際、「あぁ、あれね」という感じで笑って話してくれたのをよく覚えている。

「試合前に円陣を組んで、『行こう!』と思って出るときに、いきなり『ショウタ、思いっきり背中を叩いて』って言われたんですよ。これで気合が入るならいいやと思ってやってみたら、速攻で点を取ったんです(笑)」。

 新井の言葉どおり、背中に闘魂を注入された小林は、その蔚山現代戦で今季公式戦初得点を記録したのだ。その5日後に行われたヴィッセル神戸戦でも試合前に闘魂注入をすると、リーグ戦でも小林に初得点が生まれた。続くベガルタ仙台戦でも得点を挙げ、公式戦3試合連続得点を記録したのである。ACL第5節の上海上港戦では、試合前ではなくあえて後半開始前に闘魂注入してみると、小林に得点は生まれなかった。やはり試合前に戻したら、その清水エスパルス戦で前半に得点を記録した。理屈はまるで説明ができないが、これだけわかりやすい結果が出るとやめる理由もなかった。こうして試合前の闘魂注入は儀式となっていったのである。

ゴールが決まり、喜ぶ川崎イレブン【写真:徳原隆元】
ゴールが決まり、喜ぶ川崎イレブン【写真:徳原隆元】

闘魂注入に込められた“思い”

 では、なぜ控えGKである新井に「闘魂注入」をお願いしたのか。そこには小林なりの理由があった。当時こう明かしてくれている。「サブでも、チームのためにやってくれている。そういう選手の力をもらいたいんですよ。いつも仲良くしているのもあるけど、ショウタの気持ちの部分で見習いたいところもたくさんある。自分が出たいけど、出られない。でもチームを勝たせてくれという思いが、パワーが伝わってくる。(闘魂注入で)半分は自分のゴールだと思っているみたいですけど(笑)、本当にあいつのおかげです」。

 試合に出ている選手の背中には、ピッチに立てない者の思いがしっかりと宿っている。あの闘魂注入は、そんな意味が込められて始まったのである。

 なお新井は、この2019年を終えるとジェフ千葉へと移籍(現在はヴィッセル神戸に在籍)。そのため2020年からは同じくベンチに入ることが多かったGK丹野研太や金通訳にお願いするようになり、気づけば小林だけではなく他の選手もやるようになった。そして現在は金通訳が受け継いでいるというわけだ。

 金通訳によれば、小林が闘魂注入される光景を見ていた旗手怜央からリクエストされ、そこから脇坂や佐々木も受けるようになったという流れだそうである。過去には高井幸大も「俺もやってください」と軽いノリで言ってきたそうだが、試合で勝てなかったので、一度だけで終わったという高井らしいエピソードを明かしてくれた。

 試合前の名物になりつつあることで、サポーターからの注目度も高い。練習後のファンサービス対応で「金さん、背中を叩いてください」とサポーターから闘魂注入をリクエストされることも増えているという。男性のみならず女性からもお願いされるそうで、「いや、ちょっとね」と金通訳は困惑していた。それでもと頼まれると、「セクハラやパワハラで訴えないでくださいよ」と覚悟を念押ししているそうである。

 ある体験者の証言によれば、かなりの痛さを伴うとのこと。試合前にやるからこその闘魂注入でもある。軽い気持ちでお願いするのは厳禁だと、注意喚起をしておこう。

(いしかわごう / Go Ishikawa)



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いしかわごう

いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。

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