片道14キロ自転車通学…自然との闘い「暗くて獣も出る」 強風で鍛え抜いた逸材の肉体

健大高崎の折茂憲吾「ベースになったのは、毎日の通学の時間だと思います」
プレミアリーグEAST3位で選手権前年度チャンピオン・前橋育英、プリンスリーグ関東1部3位の桐生第一。ここにプリンスリーグ関東2部を戦う高崎健康福祉大高崎(以下・健大高崎)、昨年度インターハイ出場の共愛学園、名門・前橋商業高と続くのが群雄割拠の群馬県だ。
「ネットニュースとか見ても群馬はかなり激戦区と呼ばれていますよね。でも、あくまで一番手は前橋育英で、次に来るのが桐生第一なんです。だからこそ、まず前橋育英の次に来るのが健大高崎にならないといけないので、僕らは本当に頑張らないといけないと思っています」
こう口にするのは健大高崎の3年生FW折茂憲吾だ。折茂は昨年までセカンドチームにおり、県リーグ1部を戦っていた。抜群の裏抜けのタイミング、瞬間的なスピードとシュートセンスを武器にセカンドチームのポイントゲッターとして活躍をしていたが、当時プリンス関東1部を戦うトップチームには絡めなかった。
トップチームは1勝15敗2分と思うように勝ち点を積めずにプリンス関東2部降格の憂き目に遭い、インターハイ予選は4回戦で高崎商業にまさかの敗戦。選手権予選では準々決勝で共愛学園に敗れた。結果が残せず苦しむチームに対し、「来年は自分が勝利に貢献できるようになりたい」と今年を勝負の1年として意気込んでいた。
迎えた今年、彼は進化のために新たな武器を手にした。
「僕の武器は背後への飛び出しなのですが、これ1つだけでは上のステージで戦っていくことは厳しいと思ったので、ずっと探していたんです。すると今年から瞬発力を伸ばしていくトレーニングを全体でするようになったときに、自分が褒められることが増えたんです。そこで俊敏性を武器にしていこうと思いました。そのために1対1やマークを外す動き、ボールを収めてキープして周りに叩いてからの動き出しなどを練習や試合のなかで意図的に出すようにしました」
これまでは裏抜けを狙いすぎるあまり、中盤で積極的にボールを受けたり、スペースを味方に開けたりする動きは少なく、直に相手のDFラインから裏に飛び出していく動きを繰り返し、短調になってしまっていた。
そこに落ちてボールを受けたり、横にスライドをしてから次のプレーをしたりと、変化が生まれたことで、相手にとって非常に捕まえづらいFWになった。
「ただの走りのときでも、切り返しのスピード、ターンのスピードに1つ1つにこだわって、1秒でも前のタイムを上回ることを意識しています」
複数の武器を見つけた折茂は、現在プリンス関東2部で2ゴールをマーク。ゴール以外にも前線でタメを作るプレーで、起点を作り出し、攻撃の活性化に貢献。チームも3勝3敗1分と5位の高位置につけている。
「そのベースになったのは、毎日の通学の時間だと思います」と口にした。彼は学校のある高崎市ではなく、藤岡市の出身。彼の自宅から学校までは片道14キロの距離があり、「適度な最寄駅がないんです」という理由で、3年間ずっと自転車通学をしている。
ただ平坦な14キロではない。彼の家は山の上にあり、帰りは急勾配で長い登り坂が待っている。かと言って、行きが楽なわけではない。坂を降ってから学校までは強烈な赤城おろしを真っ向から受け止める形になる。
赤城おろしとは群馬県にある赤城山から吹き下ろす強風のことを指し、「上州空っ風」とも呼ばれている。高崎は盆地が故に、強風が吹き付けることが多い。実際に取材に行ったプリンス関東2部第6節のホーム・流通経済大柏B戦でも、強烈に吹き付ける風にボールが流され、変則的な軌道を描くボールに戸惑うシーンも多々見られた。
「もう向かい風が強烈すぎて、ハンドルが持っていかれそうになることがあるんです。そういうときはもう体幹トレーニングと上半身強化の一環だと思って、グッと腹直筋と腕に力を入れて風を抑え込みながらハンドルをコントロールして漕いでいます(笑)。上半身を上げすぎると後ろに持っていかれますし、たまに風が変化して横から吹き付けることもあるので、そこでフルパワーで押し戻したり、バランスを整えたり。帰りは登り坂だけでもきついのに、暗くて獣も出るので、もう毎日自然と闘いながら通学しています」
彼はこう笑いながら話すが、雨や酷暑の夏などを考えると、その過酷さは相当なものだと察することができる。下半身、上半身、そしてインナーとバランス感覚。これを鍛えられるトレーニングとして彼は日々を過ごしてきた。だからこそ、スピードという武器以外に俊敏性、バランス感覚とフィジカルの強さを生かしたプレーを身につけて、頭角を現すことができた。
「今は絶対に群馬で勝ちたい気持ちが強いです。やっぱり僕らは失うものは何もない挑戦者なんです。前橋育英だったら白井誠也や柴野快征などの選手権優勝メンバーにビビらないで全力勝ちにいく。桐生第一は新人戦のときに結果が出ずに『今年は厳しいのかな?』と思ったのですが、プリンス1部で上位(3位)にいて、やっぱり日頃の練習から質が高いからこそ、日を追うごとにどんどん強くなる。
だからこそ、僕らももっと日常から地に足をつけて、1つ1つこだわってやっていかないと差を広げられると思いました。共愛が昨年、インターハイに出たときは、『自分たちにもチャンスがあるんだ』と励みになりましたが、それは僕らだけではなく、前橋育英と桐生第一以外のチームはみんなそう思ったはず。どのチームを見ても、僕らは懸命に頑張らないと彼らには勝てないということは間違いないので、後悔のないようにやっていきたいです」
そもそも折茂は前橋育英、桐生第一を倒して全国に出るために健大高崎にやってきた。そのチャンスももう2回しかない。昨年は下のカテゴリーで虎視淡々とトップを狙っていた万能ストライカーは、ライバル心と自己研鑽への意欲を心のなかで燃え上がらせ、これまで先輩たちがあと一歩のところでずっと阻まれ続けた全国の扉をこじ開けて、かつプリンス1部復帰を後輩たちに残すべく。群雄割拠の群馬から全国へ雄叫びを上げ続ける。強烈な赤城おろしに屈しないメンタリティーとともに。
(FOOTBALL ZONE編集部)