レアル「新しい10番」ベリンガムの衝撃 開幕9戦8得点3アシスト…3つの能力を足した総合力は偉大なジダンをも凌駕【コラム】

レアルのジュード・ベリンガム【写真:ロイター】
レアルのジュード・ベリンガム【写真:ロイター】

レアルでジダンが付けていた背番号5を継承したベリンガム、開幕から圧倒的な活躍

 開幕から公式戦9試合出場で8ゴール、3アシスト。ジュード・ベリンガムの活躍が止まらない。第8節ジローナとの首位攻防戦でもレアル・マドリードの3-0勝利に1ゴール、1アシストで貢献している。

 レアルではかつてジネディーヌ・ジダンが付けていた背番号5を継承したが、ベリンガムが好む番号は22だそうだ。理由は4+8+10=22。4番(アンカー)、8番(リンクマン)、10番(トップ下)の3つの能力を足した存在という意味だろう。

 レアルでは4-3-1-2の「1」でプレーしている。典型的な10番のポジションで、ここまでそれに相応しい結果を叩き出しているわけだが、ベリンガムは従来のトップ下あるいは10番とは違うタイプだ。

 背番号10をサッカーのエースナンバーにしたのはブラジルのペレだった。以降、多くの名手がこの番号を好んで付けてきた。もともとは左のインサイドフォワードの番号で、5人のFWの1人という意味しかなかった。8番と10番は右と左の違いでしかない。しかし、1958年ワールドカップ(W杯)で初優勝したブラジルが4-2-4システムを採用したことで10番と8番が分離した。

 右インサイドフォワードの8番は少しポジションを下げて4-2-4-の「2」の1人としてゲームメイクを担当、10番は9番(センターフォワード)の近くでプレーする、より攻撃的なポジションとなった。この時のブラジルの背番号はポジションとは無関係に付けられていたが、たまたまペレはポジションどおりの10番を付けて大会のスターとなった。

 1980年代は10番の全盛期。ディエゴ・マラドーナ、ジーコ、ミッシェル・プラティニといったスーパースターが付け、得点とアシストの両面で大活躍した。プラティニは自分のポジションについて「9.5番」と言っていて、プレーメーカーとストライカーの中間と位置づけていたが、南米の10番はもともとそういうイメージである。

ジダンとは異なるベリンガムの機能性、4番と8番の能力を兼ね備えた10番

 その後、10番の主戦場である相手DFとMFの間のスペースがプレッシング戦術の普及によって減少、それとともにかつての10番タイプも減少していく。そんななか、ジダンやフアン・ロマン・リケルメといった体格的に大きくコンタクトに強いタイプが、新たな10番として存在感を示した。

 ベリンガムも190センチに近い長身。イメージとしてはジダンを思わせるが、機能性は全く違っている。ジダンは10番以外のポジションは想像できないぐらいだったが、ベリンガムは比較にならない守備力があり、運動量も圧倒的。創造力とテクニックでは偉大なジダンに及ばないとしても、総合力でははるかに上。まさに4番(アンカー)、8番(リンクマン)の能力を兼ね備える10番(トップ下)と言える。

 今季のレアルではエドゥアルド・カマヴィンガ、フェデリコ・バルベルデがベリンガムと似た万能型で、オーレリアン・チュアメニもアスリート能力が図抜けている。カルロ・アンチェロッティ監督はACミランを指揮した時にも4-3-1-2システムを使っていて、その時のトップ下だったカカも従来の10番とは異なるダイナミックな走力と突破力が特徴だった。

 今季のレアルはルカ・モドリッチ、トニ・クロースの次を担う世代はフィジカル・エリートたち。ベリンガムはその象徴であり中心になりつつある。

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西部謙司

にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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