快進撃のJ2町田、“参謀”金明輝コーチが選手の信頼を掴んだ訳 厳しい練習に込められた狙いは?

今季のJ2で快進撃を見せる町田ゼルビア【写真:(C) FCMZ】
今季のJ2で快進撃を見せる町田ゼルビア【写真:(C) FCMZ】

【識者コラム】黒田監督は最初のミーティングで選手の心を掴んだ

 J2リーグ第17節、首位のFC町田ゼルビアは、復調著しい8位清水エスパルスをホームに迎えた。前半31分にMF平河悠がこぼれ球を拾って先制するが、その後、大車輪の活躍を見せていたDF池田樹雷人が負傷してしまう。選手交代にもたついていた前半42分、清水MF乾貴士からの絶妙なパスを受けたMF中山克広に同点とされてしまった。

 後半に入り、清水は元日本代表FW北川航也、22年にJ1得点王に輝いたFWチアゴ・サンタナなどを投入し町田を攻め立てようとした。町田はセットプレーを生かして押し返し、後半アディショナルタイム6分、ゴール前に残っていたDFチャン・ミンギュが右足を振り抜き勝ち越し点。その直後にタイムアップのホイッスルが鳴り、劇的な勝利を挙げた。

 これで町田は首位をキープし、2位の東京ヴェルディに対して勝ち点7の差を付けている。失点8はリーグ最少、得点25はリーグ4位、得失点差17は清水に次いでリーグ2位と全体のバランスも取れている。

 だが、2022年は15位だった町田のここまでの躍進を予想した人は少なかったのではないか。その要因には今季から新監督を迎えたばかりというのもあっただろうし、チームの指揮を執るのが青森山田高校を率いていた黒田剛監督だというのもあるだろう。

 黒田監督は高校サッカーで数多くの栄冠を獲得した。とはいえ、Jチームを率いるのは初めて。プロとしてのキャリアで言えば町田のプレーヤーのほうが長い。選手にはそれ故のプライドもあるだろう。果たしてチームは監督の言うことを素直に聞くのだろうか。

 キャプテンのMF奥山政幸は、「たしかに最初、『本当に大丈夫かな』という選手がいなかったわけではない」と明かす。しかし、最初のミーティングで選手は思わず心を動かされてしまった。

「昨年の問題点を、映像を使って明示されて僕たちはぐっと引きつけられました。それから言葉のチョイスが独特で、右から左に流れないというか、引っかかりがあるような言葉を使うので引き込まれる部分はあったと思います。高校サッカーの監督ってトップダウンで、言うとおりにやらせるという感じではないかと思っていました。でも考えをこと細かに共有してくれるし、全部押し付けるのではなくて、こちらの意見もちゃんと聞いてくれる。お互いのいいところに着地させる作業もあり、プロ仕様に上手くアジャストさせていたと思います。だから、選手たちは抵抗感なく入れたのでしょう」

前サガン鳥栖監督の金明輝ヘッドコーチ【写真:Getty Images】
前サガン鳥栖監督の金明輝ヘッドコーチ【写真:Getty Images】

キャプテンの奥山が語る金明輝コーチとの信頼関係

 もちろんプロである限りは結果が出なければ信頼は得られない。その「結果」はシーズン前に出ていた。奥山はJ1チームと6戦して一度も負けなかったキャンプの練習試合が大きかったという。

「最初は、なぜこんなに勝てるのか、負けないのか、不思議な部分もありました。でも勝ったことや、上手くいかなかったことを、監督が言う『原則』に照らし合わせてフィードバックしてもらって納得できました。その軸がはっきりしているから問題点の改善がスムーズにいきました」

 J1チームとの練習試合に負けなかったこと、そして上手くいかない理由を分かりやすく説明してもらえたことで、監督と選手の信頼関係は結べた。

 だがコーチとの関係はどうか。前サガン鳥栖監督の金明輝ヘッドコーチは2021年にパワハラを認定されている。そもそも監督はなぜ金明輝コーチを選んだのか。

 黒田監督は金明輝コーチを高校時代から知っていたという。青森山田高校の対戦相手として初芝橋本高校でプレーしていたし、その後、金明輝コーチが鳥栖のユースを率いた時は対戦を通じて指導者としての資質を見ていた。

 黒田監督は町田からオファーが来た時に、ヘッドコーチは「J1を知っている」「厳しく指導してくれる」という条件を満たす人材を考え、「これは金明輝にしたらおもしろいかも」とひらめいてオファーしたと明かした。

 金明輝コーチに対する監督からの信頼は厚い。それでも選手からの拒否反応はなかったのだろうか。奥山は言う。

「金コーチにいろんなイメージはついて回っていたと思います。でも、一番初めのミーティングで『今回起こしてしまったことに関して大変申し訳なく思っています』という謝罪の言葉があって、僕たちはモヤモヤすることなく練習に入れました」

 そして、金明輝コーチの実績に対するリスペクトを挙げた。

「J1の鳥栖を率いていた時に結果が出ていたのを僕たちは知っています。厳しい要求もありますけど、僕たちが目指すJ1の基準を高いところで理解している方だと思うので、そこに応えられるようにしています。金コーチの言うことにしっかり取り組んでいることが、苦労しながらも今の成績を挙げられている要因だと思います。

 練習は厳しいですけど、選手の成長を願っているのは僕自身すごく伝わってくるし、チームがどうやったらよくなるか、全員がどうやったら上手くなるかを考えていつも発信してくださっているから、いろいろな指摘も僕たちとしては受け入れられる。お互いにリスペクトしながら取り組めてると思います」

町田キャプテンの奥山政幸【写真:森雅史】
町田キャプテンの奥山政幸【写真:森雅史】

黒田監督&金明輝コーチのタッグでJ1昇格を目指す

 練習は金明輝コーチの指導の下、インテンシティーが高く、素早い判断が求められるトレーニングが行われている。非常に理論だっている反面、外から見ていて不思議に思えるのは、パスが通っても大声で指摘されることがあったり、プレーが上手くいかなくても「いいぞ」と声をかけられていることだ。

「ちゃんとトライしたり、きちんと見て判断したうえでのミスなのか、逆になんの判断もなしに安易なプレーをしたのかというミスの質まで見てくれますね。だから、プレーが成功しても追求されることもあります。それが練習のいい緊張感にもつながっていると思いますし、そういう評価がはっきりしているので、選手としては思い切ってチャレンジできると思います」

 黒田監督と金明輝コーチという11歳年の離れたコンビは、ここまでしっかりチームの基礎を作ると同時に、悲願のJ1昇格に向けて着実に歩を進めている。「1-0で勝つのが一番いい勝ち方」という黒田監督の信念から、お互いに点を取り合うような派手なゲームはないかもしれない。それでも全員で歯を食いしばりながら勝利を目指す町田のゲームは、ここまで大崩れしていない。

 ただし、まだシーズンは半分も終わっていない。今後、敗戦して今一度足下を固めなければいけないこともあるだろう。その不安について聞くと、奥山は今季初めての敗戦となった第8節ブラウブリッツ秋田戦(0-1)を振り返った。

「僕自身、この敗戦はここでもう1回上がれるのか、それとも沈んでいくのか分岐点だと思いました。相手の秋田は自分たちがやるべきことを徹底していて、そこが自分たちは足りなかったと再認識させられる相手でしたね。それまでだったらJ1チーム相手にもできていたことができなかった。その問題点を洗い出し、みんなで共有して、そこから練習でもさらに意識づけされました。そういうサイクルが上手く回ったからこそ、そのあとブレることなく進むことができていると思います」

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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